「2008北京オリンピックハンドボール競技アジア予選再試合」のチケッティング

[報告]

 <全2回>

その2

発売から大会まで1週間の出来事

 日本ハンドボール協会や大会関係会社そしてチケットぴあとローソンチケットの協力によって1月25日からのチケット発売は、ぎりぎりのところで間に合った。大会は29日と30日と迫っていた、このチャンスを逃したらお客さんからの問い合わせや苦情、報道関係からの非難を浴びる事になっていただろう。

1月25日発売日

 朝10時から全国一斉にチケットぴあ(提携しているコンビニエンスストアのファミリーマート、サークルK・サンクスは11時から)、ローソンチケットの各店舗と電話予約、インターネット販売が開始された。
私は、自分の事務所でチケットぴあとローソンチケットからの販売状況報告を待ちながら、チケットインフォメーションに掛かって来る問い合わせの電話対応をしていた。
 10:05 インフォメーションに「10時に電話予約につながったけど売れ切れとはどういうことだ」と怒鳴り声が聞こえた。10時ちょうどに予約センターに電話が掛かったが「アリーナS席」は売れ切れと言うのは納得がゆかないということだった。次の電話は、「どこに行けば買えますか」と「電話が話中で通じないけど、この電話でチケットが取れますか」という問い合わせが暫く続いた。
 この時点で私は、チケット販売が正常に午前10時から販売できたことと、順調に販売が続いていることを確信した。
 そして、午前10時35分チケットぴあ担当者から「30日男子の試合が、完売しました。」と言う第一報が入り、同時45分ローソンチケットの担当者からも「10時40分頃男子の試合が完売です。」と報告が入ったので、引き続き女子の試合へのお客さんの誘導を依頼した。その後直ぐ、協会へ30日男子試合完売した報告を入れた。
 お昼を過ぎた頃から、インフォメーションに入る電話が極端に少なくなった。朝から引っ切り無しだったのが、10分以上の間隔となってきた。この兆候は、販売力が弱くなったことを意味する。しかし、昼過ぎとは見込みよりも早すぎた。女子の試合チケットが、アリーナ部分は完売したが1・2階スタンド席を合せて約4千席残して発売初日を終了した。

《なぜ10時ちょうどに掛かってもアリーナSが取れなかったのか》

 「アリーナS」はその1にも書いたとおり、席数が240席しかない。チケットぴあとローソンチケットにそれぞれ100枚の配券し、40枚は当日券販売分と大会関係として取っておいた。よって、それぞれ100枚のチケットを全国の約1万の店舗と電話予約と何十万人といるインターネット登録会員販売で10時ちょうどに取り合ったことになる。決着は、1秒と経たない内に売切れるのは明らかである。今回のように注目されていて全国からお客さんがチケットを欲しいと思うイベントでは、1千枚以上枚数がないと10分は持たない。このような例はいろんなジャンルの人気イベントに付き物である。


《なぜ枚数制限を設け無かったか》
 「アリーナS」が200席と他の席種と比較しても極端に少ないため、「アリーナS」だけお一人2枚とか4枚という枚数制限を付けても良かったと思う。しかし、前回もお話したとおり200席となったのは販売前日の会議でだった為、販売枚数制限をするというお客さんへの告知や店舗への情報の徹底ができないと、私は判断し制限を止めたのである。告知と情報の徹底ができないということはどういう事かと言えば、お客様は購入する直前になって制限枚数の事を知り多くの枚数を買いたいと思っていた人はそこでトラブルが発生する。また、情報が徹底していないとなれば、別の店舗では何枚でも大丈夫でこちらの店舗では○枚しか駄目と言われたということになり、販売後にこれもまたトラブルが発生する。このような販売時のトラブルはお客さんに何の過失も無く、結局チケットを用意せざるを得なくなる。しかし、人気のイベントはチケットが無いから始末が大変だ。
 また、制限をしないからといって一人で何十枚も買えるお客様はいないと直感的に考えてもいた。なぜなら、一瞬で販売が終わってしまうことから、そこに何十枚というオーダーを入れても後回しにされてしまう確立が大きいからだ。今回の販売でも一回で「アリーナS」を十何枚も買えた人は、データを見てもいない。
 ただ、このように人気のイベントの発売について通常であれば、初日だけはお一人一回に付き○枚制限(2枚か4枚が多い)を付けるべきと考える。
 今回のチケット販売は、私もどのような売れ方をするのか興味深かった。男子が40分で完売するとは予想以上であったが、その勢いを女子に向けられなかったのが残念であった。

問い合わせ

 問い合わせは、発売前、販売中、大会中の3つの時点で区切って考えると分かりやすい。
以下のような内容だ。
(1)発売前(チケット発売の情報の問い合わせ)
 ・チケット発売日と券種、金額の問い合わせが一番多い。
 ・購入方法と券種、金額。
 ・(発売日が未決定の場合)いつ発売日が分かるのか。どういう方法で知らせるのか。
(2)販売中(チケットの買える方法の問い合わせ)
 ・購入方法と券種、金額が一番多い。
 ・「買えなかったがどうしてだ。」という苦情。
(3)大会中(チケットは有かの問い合わせ)
 ・当日券の有無が一番多い。
 ・購入方法と券種、金額。
 ・会場の場所と行き方。
 ・「チケットのキャンセルはできるのか」
と言うような内容に3つの時点を境に変化する。これは一般的に言えるので、対応できるようなマニュアルを前もって作成しておくと良い。

情報告知

 今回の大会はマスコミから注目されており、年明けから連日のようにハンドボール関連の報道がされていた。チケット販売のことも1/19の会議の後25日発売と公式に発表された。多くのマスコミの方々が記事として取り上げてくれたお陰で、正しい情報が全国に流れチケット販売で大きなトラブルが無く終了した要因一つと考えている。
 協会(事務局長、運営責任者、広報)とマスコミ(記者)との良い関係を築く事が大切な証拠である。だから多くのマスコミの方々は、日本ハンドボール協会に好意的で更に日本での再試合が好感を得たのだと思う。まさに社会現象化した実例である。

当日券販売

 当日券販売は、出来るならやらない方が、手間が掛からなくて良い。今回の大会では、初めから当日券販売はしなければならないと考えていた。
その理由とは、
(1)仮設スタンドは組み立ててみないと見切り席が何席か明確にならない。
(2)報道、大会関係者などの席数が明確になっていない。
上記のように多く仮押さえする席数があり、前売りでは販売できないためだ。
 当日券は、各日550枚ほど売れる事になった。
29日女子の試合は前売り分がまだ残っていたので当日券は300枚ほどの販売で終わった。30日男子の試合分は、30分ほどですべて売れてしまった。
30日の男子の試合は、朝から当日券を求める人が並びだしていた。お昼ごろには100名ほどの列になっていたが、販売時間の午後5時にはどれ位までなるか予想は難しかった。ただ、これまで問い合わせに入っていた当日券販売の枚数について、回答は極少量であることを強調していた。
 午後3時になって、並んでいるお客さんに対して、当日券の券種毎の枚数と一人2枚までの制限枚数を説明した。この時点で約200名の人が並んでいた。後ろに並んでいた人には、買えないこともあることを付け加えた。
 午後5時会場時間と同時に当日券発売した。「アリーナS」20枚は、5分で終了した。「アリーナA」70枚は10分。良いペースである。「1階スタンド席」100枚は15分。「2階スタンド席」350枚は30分。
 当日券を購入したお客様は、約300人であった。列がちょうど途切れたときに私がストップさせその後のお客様には当日券販売は完売とお知らせしたが、トラブルは無かった。また、途切れたところでちょうど良くチケットも無くなったし、報道の方々が最後の当日券購入者を待ち構えていた為、ほんとに良いタイミングであった。
 世の中で注目されているイベントで、こんなに上手く当日券を捌けることも無いと思う。先にも述べたが問い合わせのときの言い方や平日であったことなど、様々な要因の連鎖ではあるが、用意した約550枚のチケットでちょうどの人が買いに来るなどと言うのは将に不思議としか言いようが無い。普通なら、何らかのトラブルがあって当然であるし、その覚悟をしていた。

最後に

 時間の無い中、日本ハンドボール協会は自分たちでは到底できないからと、その道のプロに最初から頼んだことが、この成功につながったと考える。その判断はなかなか出来る事ではなく、冷静な判断に敬意を覚える。
 私は今回の大会に従事して、二つのことに失敗したと思っている。一つは、女子の試合について完売にする手立てができなかったこと。二つは、初めてハンドボールの試合を見に来てくれた一般の人々に対し次の一手を何もできなかったこと。この二点に関して、今後も反省と検証を重ね日本ハンドボール協会に対して提案を行ないたいと考えている。
 しかし、男子の試合の際、会場一杯の観客が韓国の応援団と日本の応援団に分かれそれぞれに応援している様は、身震いする充実感だった。ちょうど傍にいた協会の事務局長と感動してお互い硬い握手をしていた。


写真提供:財団法人 日本ハンドボール協会【その2 完】


オフィスOsanai代表

[会社所在地]

〒225-0021

神奈川県横浜市青葉区すすき野2-4-11-507

045-903-9112

[経歴]

1984年 3月 早稲田大学社会科学部卒業

4月 ぴあ株式会社入社 経理部勤務の後、チケット事業本部勤務

98年長野オリンピック推進室長、02年サッカーワールドカップ事業部長等を歴任

2006年 2月 オフィスOsanai設立。
特にイベントのチケッティングに関する問題検証、解決方法の提案、計画の策定などコンサルティング業務、及びチケット販売計画策定、オペレーション管理を行う。