リンク栃木ブレックス「プロチームの可能性」への挑戦

<全3回>

第2回
「ステークホルダーのモチベーションマネジメント」

はじめに

 前回のコラムでは、チーム名の由来や意味を通じてリンク栃木ブレックスというチームの自己紹介をさせていただきました。今回は、このチームを経営するにあたり自分自身が最も意識をしている「ステークホルダーのモチベーションマネジメント」という考え方についてお伝えをしたいと思います。

ステークホルダーのモチベーションマネジメントとは?

 ステークホルダーという言葉は、これまで投資家や株主といった狭義の意味で用いられていましたが、近年では顧客や仕入先さらには従業員なども含む「企業を取り巻く利害関係者」という意味でも使われており、スポーツの世界でも最近よく耳にする言葉です。ではなぜスポーツ界においてステークホルダーという言葉が注目されるようになったのでしょうか。わが国におけるスポーツの発展史をみるに、かつては「利害関係者(=ステークホルダー)」が限られていたと考えることができます。戦後まもなくオリンピックや国体といったイベントは「国(もしくは自治体・行政)」によって支えられ、競技力の向上は実業団チームや会社所属選手に代表されるように「企業」に委ねられました。要するにそう多くの利害関係者が存在していなかったので、利害調整すなわち「マネジメント」という行為が存在しなくともスポーツは発展していくことができたのです。
 しかしそんなスポーツに転機が訪れました。地域密着を謳ったJリーグの登場と90年代後半の企業スポーツの衰退です。この2つの出来事は、「単一の利害関係者に依存することなく、多様なステークホルダーと関係を構築する」というスポーツ組織の構造改革をもたらしました。国や企業のみならずファンや地域住民との関係も構築し、さらには国(もしくは自治体・行政)や企業との関係も見直しを行っていくことが求められるようになったのです。このような背景からスポーツ界において「ステークホルダー」という言葉が注目されるようになり、また多様なステークホルダーと関係を構築していくための「マネジメント」という概念が登場しました。

 リンク栃木ブレックスにおいても設立当初からステークホルダーのマネジメントという考え方を重視してきました。プロチームですから当たり前といえば当たり前なのですが、ブレックスは全く何も無い状態からチームを立ち上げてきたという経緯もあり、株主、自治体、企業、地域住民、バスケットボールファン、マスコミ、さらには世の中のバスケットボール選手などといった多くのステークホルダーの方々との関係構築をより意識して行っていく必要がありました。ところで、「ステークホルダーのマネジメント」とは、いったいステークホルダーの何をマネジメントし、ステークホルダーとどのような関係を構築することなのでしょうか。
 ブレックスではキーワードとしてしばしば「モチベーション」という言葉を用いています。「モチベーション」とは「動機」や「やる気」という意味で、主には会社の従業員など組織に属する人の就労意欲をどう管理するかといった文脈で使われる言葉ですが、「意欲」や「欲求」という意味で捉えてみると、「投資欲求」「支援欲求」「購買欲求」「取材欲求」「入社(入団)欲求」などもモチベーションの一種だと解釈することができます。このように考えるとステークホルダーのマネジメントとは、このようなステークホルダーの様々な欲求をマネジメントすることに他なりません。またこのようにステークホルダーの様々な欲求を高めた結果として、自組織(球団)とステークホルダー間に「何かしらの交換関係」、例えば、企業であれば広告価値⇔金銭や物品の提供、自治体であれば住民サービス⇔チームへの支援、マスコミであれば記事コンテンツ⇔メディア露出、ファンであれば夢や感動⇔チケット代、などが成立してはじめて「関係が構築できた」と言えることになります。
 このようにスポーツ組織には、「ステークホルダーのモチベーション(=欲求)を高め」「ステークホルダーと何かしらの交換関係を成立させる」ことが絶対的に必要となります。このような考え方に基づきながら、以下にリンク栃木ブレックスでの実際の取り組みについていくつかご紹介したいと思います。

「企業」との関係構築

 リンク栃木ブレックスの昨シーズンにおける売上の約8割は企業スポンサーによるものです。一般的なプロ球団に比べるとかなり高い割合であり、本来であればチケット収入の割合を高めたり、放映権やグッズなど収入の多様化に務めることが必要と考えていますが、現状のホームゲーム開催会場や公式戦試合数、さらにはJBLという環境下での経営においてはやむを得ない状況となっています。ですので、必然的に企業というステークホルダーとの関係構築が重要となるわけですが、これは従来の企業スポーツのような一社依存型による関係構築とは意味合いが異なります。


 ブレックスではメインスポンサーからの売上については、全スポンサー収入の半分以下の割合に納めるように努めており、「メインとなるスポンサーの確保」と「メインスポンサー以外のスポンサー社数および単価の拡大」の二点を意識して営業活動に勤しんでいます。メインスポンサーの確保という観点では、今シーズンよりチーム名に対するネーミングライツを導入し、リンクアンドモチベーション社に3年契約で購入いただき、チーム名を「リンク栃木ブレックス」に変更しました。ネーミングライツの導入については賛否両論を覚悟の上での決断ではありましたが、活動実態を担保することで他のステークホルダーの皆様にもご理解をいただけるよう努力していきたいと思います。

次に社数及び単価の拡大という観点ですが、こちらは単純に営業活動量の拡大をまずは重視しています。特に栃木県のプロ球団としては後発の立場となりますので、企業への認知拡大と我々の活動に対する理解促進については最大限努力しなければなりません。単価の拡大については、今シーズンよりトップリーグであるJBLに昇格をしたことでベースアップを図ることができましたが、企業のマーケティング活動やコミュニケーション活動により立脚した提案を意識しなければ単価アップは実現できません。また今シーズンからはスポンサーパッケージを細分化したり、企業別にカスタマイズした商品を開発するなどの工夫も行っています。さらには物品やサービスをご提供いただくサプライヤーについても社数の拡大を図っています。サプライヤーは売上金額へのインパクトはありませんが、「支出の抑制」という点で球団経営には大きく寄与します。ただし一方的に物品やサービスの提供をお願いしても交換関係は成立しませんので、スポンサーシップ同様に企業の視点に立ったメリットの提案が必要となるのは言うまでもありません。

「ファン」との関係構築

 ファンとの関係構築においては、大きく「ファン予備軍(まだホームゲームに来場いただいていない人)」と「ブレックスファン(既にホームゲームを1試合でも観戦したことがある人)」と「コアファン(何度もブレックスの試合に足を運んでいる人)」の3つのセグメントを意識してコミュニケーションを図っています。ただし、プロモーションやコミュニケーション活動を行う上では予算上限という制約があります。お恥ずかしい限りではありますが電波媒体や紙媒体への広告予算はほとんど確保できておらず、マスへの露出、いわゆる「空中戦」はできない状況です。となると手段としては「地上戦」という地道な活動に限られてくるわけですが、こちらについては「どこにも負けない活動量」を合言葉に、昨年の設立時よりかなりの活動をおこなってきました。

 地上戦については限られた戦力を集中的に投下することで効果があげられると考え、「バスケットボール競技に関わっている人」にターゲットを絞り、選手やスタッフによる小中学校やミニバスケットボールチームを対象とした練習訪問を継続しています(現時点で約50回に及んでいます)。また地域のイベントやお祭りなどにおいてPR機会を頂けるよう働きかけを行い、チアによるパフォーマンスやブース設置などを数多く行ってきました。しかしながら地上戦については即効性のある効果はなかなか期待できず、特に「ファン予備軍」の開拓についてはやはり絶対的なアプローチ数がまだまだ足りないと認識しています。
 そういう意味ではやはり空中戦を仕掛けなければならないのですが、予算の制約を踏まえると「インターネットによる情報発信の充実」と「メディアへの記事露出」が現実的な手段であると考えマンパワーを投下しています。インターネットについてはホームページのデザインクオリティーやリッチコンテンツの充実度合いはまだまだであると認識していますが、「情報量」「更新頻度」「即時性」についてはこだわって運営を行っています。メディアへの記事露出については、本コラムの第1回で述べたとおり今シーズンは幸いにも新たな話題性が生じている状況ですので、今シーズンからは専任担当を置き能動的な広報活動に転換を図っています。このようにファンとの関係構築(ファンの拡大活動)については、小規模球団のハンディを踏まえた上で「量を重視した活動(決して質を軽んじているわけではありません)」と「効率的な人員配置及びマンパワー配分」、そしてなによりスタッフの創意工夫によってできうる限りのことにトライしていきたいと考えています。



「自治体」との関係構築

 自治体との関係構築といわれてもピンとくる方がいないかもしれませんが、自前の練習施設を持たないブレックスにとっては、公共施設を借りて練習施設を確保しなければならないという宿命がありますので、その所有者である自治体との関係構築はとても重要度の高い活動となります。とはいっても公共施設をブレックスのために優先的に利用をさせていただくということはそう簡単なことではありません。お役所は固いから…ということではなく、そもそも公共施設は税金でつくられていますので、いち私団体であるブレックスに例えお金を支払ったとしても優先的に利用させるというのは筋の通ったことではありません。要するに税金でつくられたもの=市民のものですから、市民のものである公共施設をもし優先的に利用したいと考えたならば、もちろん自治体の許可という法的なハードルも越えなければなりませんが、前提としては市民の理解を得る必要があるのです。ブレックスが地域密着活動にこだわる理由のひとつにはこのような背景があります。我々の活動が市民に活力を与え、地域経済の活性化などに寄与することにより、「ブレックスの存在価値」が市民に認められることで、公共施設の優先的な利用に対してはじめて理解が得られるのだと思います。また先に「法的なハードル」ということを述べましたが、前提として自治体や行政は法律によって司られていますので、法律を無視して無理な交渉やお願いをすることはできません。お役所が固いといわれるゆえんはここにあるかと思うのですが、ある意味「お固い」ことが当たり前であり、交渉する側にもこのような前提を理解する必要があります。
 公共施設以外にも、自治体や行政でしかできないことは多々あります。公共スペースへのポスター掲示、自治体主催のイベントへの出演、公共広報物への記事掲載、などなど。このようなことはマスに対する露出というプロモーションの観点からも重要なことであり、それら自治体や行政しかできないことに我々が関与させてもらうためにも自治体との関係構築や、公務員の方々とのコミュニケーションはとても重要な取り組みとなるのです。

 次回の最終回では、「“プロチーム”こそが競技力を向上させる」と題して、プロという運営形態の可能性について言及したいと思います。

[経歴]
1970年東京都生まれ。1993年慶應義塾大学経済学部卒。大学時は体育会アメリカンフットボール部に所属し4年時に学生日本代表に選出される。卒業後は株式会社リクルートに入社、人材総合サービス事業にて営業職、企画職、組織人事コンサルタント職を歴任。同社のアメフトチームであったリクルートシーガルズ(現オービックシーガルズ)に所属し、1996年度と1998年度に日本選手権(ライスボウル)優勝。2000年に同社を退職後は同チームのアシスタントゼネラルマネジャー兼オフェンスコーチとしてチームの独立事業化を推進し2003年に退任。2005年より株式会社リンクアンドモチベーション・スポーツマネジメント事業部長を務め、プロ野球やJリーグなどのスポーツ組織のコンサルティングに従事し実績多数。2007年1月リンク栃木ブレックスの運営会社である株式会社ドリームチームエンターテインメント栃木・代表取締役社長就任。現在、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科スポーツ経営論講師、作新学院大学経営学部スポーツマネジメント論講師、早稲田大学スポーツビジネス研究所客員研究員、(財)日本体育協会指導者育成専門委員、(財)日本サッカー協会スポーツマネジャーズカレッジ委員、栃木県バスケットボール協会参与なども務める。

[著書]
「やる気と成果が出る最強チームの成功法則(東洋経済新報社)」
「すぐわかるアメリカンフットボール(成美堂出版)」
「スポーツ産業論(共著・杏林書院)」(共著)