リンク栃木ブレックス「プロチームの可能性」への挑戦

<全3回>

最終回
「“プロチーム”こそが競技力を向上させる」

はじめに

 これまでのコラムでは、リンク栃木ブレックスのプロチームとしての考え方や取り組みについてご紹介をしてきました。最終回となる今回のコラムでは、あくまでも持論ではありますが、プロチームという形態の可能性について述べてみたいと思います。


「企業チーム」は悪なのか?

 今回のコラムでは、「プロチームが正しくて企業チームが悪」ということを主張するつもりは毛頭ありません。90年代に起きたJリーグの台頭と企業スポーツの休廃部という現象以降、「地域密着のプロスポーツがあるべき姿で、企業丸抱えのスポーツはダメ」という論調を散見するようになりました。確かに現象面だけを切り取ってみれば、チームのファンやサポーターがそのように思うのは理解できないわけではないのですが、チーム経営という観点においては、もう少し冷静に両者の構造的な側面や特性を考察することが必要だと思います。
 企業スポーツ(いわゆる企業の部活動や実業団スポーツと言われるもの)は、間違いなく戦後のスポーツの発展において大きな役割を担ってきました。経済の急成長や生活の安定がまず求められた時代の中で、欧米のように地域に根ざしたスポーツにお金がまわる余地は無く、経済の成長エンジンであった企業がスポーツ発展の一翼を担うことになったことは容易に想像ができます。またアスリートにとっても競技活動に集中するためには、企業の社員という安定した立場であることが自身の成長に大きく寄与したことでしょう。自身も7年間実業団チームの正社員選手として活動してきた経験があり、「活動予算が確定している」「選手引退後の雇用が保証されている」といったことなどは企業チームの大きなアドバンテージであることを実感しました。


 こう述べると“企業チーム派”のように捉えられてしまうかもしれませんが、自身の持論は “プロチーム派”です。ただし、プロチームか企業チームか、という議論においては、どちらが正しくてどちらが悪か、という観点ではなく、「環境適応」と「価値観」という観点で議論がなされるべきだと考えます。要するに「現状の中でどちらが発展の可能性が高いか」と「どちらを信じるか」という観点です。余談ではありますが、この議論に似たことが世の中でも議論されています。「これからの国家運営は中央集権ではなく地方分権だ」「これからの人事制度は年功主義ではなく成果主義だ」――これらはどちらか一方が正しいということではなく、環境の変化によって台頭してきた価値観であり、今後の発展においては後者のほうが望ましいと考える人達によるひとつの意見であるということです。それぞれの選択肢そのものが「正しい/正しくない」ということではなく、それぞれには「メリット/デメリット」があり、そのどちらの側面から捉えるのかは、「環境」や「価値観」によって決まるということだと思うのです。チームの経営に携わる立場としては、「対立構図で二者択一」という視点ではなく、「並列構図で適宜選択」という視点でスポーツチームのあり方を考える必要があるのではないかと思います。

なぜこれからは「プロチーム」なのか

 ではなぜこれからにおいては「プロチーム」という形態のほうが望ましいと考えるのかについて言及してみたいと思います。まず「環境適応」という観点においては、「外部環境」と「内部環境」の2つの視点から考える必要があります。外部環境すなわちチームを取り巻く環境は、90年代後半の企業チームの休廃部が物語るようにバブル崩壊以降大きな変化が訪れました。これは第2回のコラムでも述べましたが、単一のステークホルダー(企業)に頼ることのリスクが増大し、多様なステークホルダーにリスクを分散させる必要性が生じたといえます。このような環境下では構造的に多様なステークホルダーとの関係をつくることができる(つくらざるを得ない)プロチームという形態のほうが運営の柔軟性を担保でき、もちろんマネジメントコストがかかり市場の価値にさらされるというリスクが伴いますが、一定の形ができあがれば安定した運営が期待できるでしょう。
 次に内部環境ですが、これは選手やスタッフのモチベーションの変化に着目しなければなりません。「企業チームの社員選手よりプロチームのプロ選手にやりがいを感じる」、これは今年リンク栃木ブレックスに移籍してきたある選手の言葉です。これもどちらが正しいということではなく、かつてプロ野球の新庄選手が多額の年俸を捨ててでもメジャーリーグにチャレンジしたように、ある意味成熟国家となった日本においては「安定」よりも「変化」を求めるリスクテイキングな考えをもつ人が増えてきたことの証だと思います。これは働く人達においても同じことが言えます。このようなモチベーションの変化に適応する上では、プロチームという受け皿は、もちろん最低限の運営の安定性が求められますが、一定の支持を得る仕組みになるのではないかと考えます。


 以上のように環境適応という観点からプロチームの可能性について考えてみましたが、それを信じるか否かは最終的には人それぞれの価値観が決めるのだと思います。自身としては、プロチームの経営者になって1年半が過ぎようとしていますが、今後のスポーツの発展には「プロチーム」という形態が欠かせないということを確信しています。正直この立場になるまでは、プロチームだろうが企業チームだろうが「選手がプロかどうか」ということが重要だと考えていました。一般的にも、選手の契約形態をプロ化することで、選手がスポーツでメシを食うことになる⇒選手の意識が高まる⇒選手のパフォーマンスが向上する、と考えられています。確かにその通りなのですが、自身のまわりに企業の社員選手が多くいたという経験や、プロチームのコンサルティングに携わったという経験をもとにした発想ではありますが、「プロでもアマでも意識が高い選手、意識が低い選手は存在する」のだと思います。企業の社員選手でもプロ選手よりはるかに意識の高い取り組みをしている選手は世の中に多く存在しており、確かにプロという契約形態の方がそのドライブはかかりやすいのですが、根本的には選手個々人の意識の持ちようによるものだと思います。
 自身が「チームのプロ化」が必要であると主張するのは、先に述べたブレックスに移籍してきた選手の発言にみられるような選手の意識改革効果も期待できることはもちろんなのですが、それ以上にマネジメントサイド、すなわち運営者や指導者の意識改革に絶大な効果があると考えるからです。これはあくまでも自身が企業チームとプロチームの双方に携わったことがあるという経験によるものではありますが、「与えられた予算をどのように割り振るか」という発想と、「必死に獲得してきた虎の子の資金をどのように投資するか」では、必死感というか緊張感というか、運営規律の感覚が全く異なるのです。もちろん企業チームの方々も必死に緊張感をもって頑張っていることには間違えありません。なのですが、この立場になって「営業が汗水流して獲得してきたスポンサーからの資金を選手の報酬に使うわけだから、その選手の能力を骨の髄まで引き出したい」「契約した選手はすべて必要な選手であり、その全選手に最大限成長してもらいたい」「限られた資金の中で最大限効果が得られることを追求したい」ということをより強く感じるようになりました。今回のコラムのタイトルを「“プロチーム”こそが競技を発展させる」ではなく、あえて「“プロチーム”こそが競技力を向上させる」としたのはここにあります。チームやリーグのプロ化が競技の発展に結びつくのは周知の事実です。あえて「競技力」としたのは、「このように選手の力を最大限引き出そうとこれまで以上に必死に取り組むチームが増えたら、この国の競技力はもっと向上するのではないか」と単純に感じたからなのです。

プロチームも企業チームも共に考えるべきこと

 何度も述べているように、「プロチーム」と「企業チーム」のどちらを選ぶかは、「環境適応」と「価値観」によるものであり、どちらが唯一絶対的に正しいのかということではありません。そういう意味では、世界のサッカー界という環境に適応してプロリーグを設立し、各チームの価値観に対応できるようJリーグと日本リーグ(JFL)という受け皿を併設したサッカー界の取り組みは必然であり、日本代表の競技力を飛躍的に向上させたことはこれらの取り組みの賜物であるといえます。


 プロチームにとっても企業チームにとっても大切なことは、「競技の発展」や「選手の成長」であり、競技界やスポーツ界のことを考える「全体視点」や「大局観」は、どのような立場であっても、スポーツに携わる以上必ず持たなければなりません。もちろんプロチームであっても企業チームであっても個別チームの事情や考え方がありますから、時には協会やリーグの全体視点と対立することもあると思います。しかしながら、競技が衰退し選手がやる気をなくしてしまってはもともこもありません。このような全体視点を常に共有し続けることで、プロチームも企業チームも並存しながら競技力を高める道筋がみつかるのだと思います。


おわりに

 Jリーグ設立以降、様々な競技において「プロリーグ化」が叫ばれましたが、残念ながらトップリーグにおけるプロリーグ化が実現されるには至っていません。もちろん一概に「プロ化」といっても様々なリスクやエネルギーが伴いますから、一朝一夕に成し遂げられることではありません。「運営が不安定になる」「現状の運営予算を獲得するのは不可能」「所属している選手が求めていない」「選手が引退後に路頭に迷う」――プロ化をするためには、かなりの勇気と覚悟が必要です。ただこれだけは言えると思います。「失敗しても成功しても“成長”と言うリターンが返ってくる」、と。今後も様々な議論を通じてスポーツ界がより一層発展していくことを願ってやみません。


おわり

[経歴]
1970年東京都生まれ。1993年慶應義塾大学経済学部卒。大学時は体育会アメリカンフットボール部に所属し4年時に学生日本代表に選出される。卒業後は株式会社リクルートに入社、人材総合サービス事業にて営業職、企画職、組織人事コンサルタント職を歴任。同社のアメフトチームであったリクルートシーガルズ(現オービックシーガルズ)に所属し、1996年度と1998年度に日本選手権(ライスボウル)優勝。2000年に同社を退職後は同チームのアシスタントゼネラルマネジャー兼オフェンスコーチとしてチームの独立事業化を推進し2003年に退任。2005年より株式会社リンクアンドモチベーション・スポーツマネジメント事業部長を務め、プロ野球やJリーグなどのスポーツ組織のコンサルティングに従事し実績多数。2007年1月リンク栃木ブレックスの運営会社である株式会社ドリームチームエンターテインメント栃木・代表取締役社長就任。現在、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科スポーツ経営論講師、作新学院大学経営学部スポーツマネジメント論講師、早稲田大学スポーツビジネス研究所客員研究員、(財)日本体育協会指導者育成専門委員、(財)日本サッカー協会スポーツマネジャーズカレッジ委員、栃木県バスケットボール協会参与なども務める。

[著書]
「やる気と成果が出る最強チームの成功法則(東洋経済新報社)」
「すぐわかるアメリカンフットボール(成美堂出版)」
「スポーツ産業論(共著・杏林書院)」(共著)