審判を取り巻く環境について 第3回<全3回>

パネルディスカッション:国際審判として

橋本(以下:H):バスケットボールでも、海外では“プレゼンテーション”、つまり“見ばえや身の振る舞い”が大切だと言われますが、サッカーではいかがでしょう?

吉田(以下:Y):海外では審判は皆、自己主張が強いです。できない人でも、「俺が!俺が!」ってきます。実際にそんな奴らがリーダーシップがあると認められたりもするんですよね。日本人の謙虚さは海外では通用しないと思います。日本人の審判も、海外では積極的に出て行く必要があります。

H:世界地図を見てみますと、日本では日本が中心に描かれています。しかし、ヨーロッパの地図では、日本の位置は右の端っこなんですよね。審判についても同じで、ヨーロッパでは、日本って?という感じで、それぐらいの認識でしかないと思います。

では、海外に行った時の生活面でのポイントなどはありますか?

Y:私は、食事は何でも食べられたので大丈夫だったのですが、水だけには気をつけていました。持ち物についても、よく日本の物を多く持って行く人がいますが、そのような場合、もしなかった時にダメージが大きいと思います。ですので、できるだけルーティンは少なくしていました。

H:さっき控え室で、「サッカーのプレミアリーグやスペインリーグなど、どのリーグで笛を吹いてみたい?」と少し失礼な質問をしてみたのですが、いかがですか?

Y:サッカーの場合、日本やヨーロッパはとても洗練(ゲームがコントロール)されています。けど、アジアなどの国に行けば、それこそ何が起こるかわからない国もあって、えっ?!と思うことも多々あります。そこでいろいろな経験をすることで、審判の技術だけでなく、人として向上できるのではないかと思っています。

H:先ほど、自己紹介の時に、「大変な失敗を経験した」とおっしゃっていましたが・・

Y:みなさんにも同じ失敗はして欲しくないので、このような講演会などに呼んでいただいた時はいつも話しているのですが、2005年9月3日に行われたワールドカップ・アジア地区予選の試合で誤審をしてしまいました。正直に申しまして、その日は試合に対するモチベーションもあまり高くなく、同僚の審判の体調もよくありませんでした。そのような中で試合を行い、問題となった場面でも「何かおかしいよなぁ・・」と思いつつも、バーレーンの選手8人に囲まれ、ふと飛んでしまいました。

(実際に試合のビデオを見ながら解説)

H:そして試合は後日再試合になりましたが、誤審で再試合となったのは珍しいと思いますが・・

Y:主審の判断は絶対なので、再試合なんてほとんどないと思います。世界でもこの試合だけなのではないでしょうか。

H:その試合について、いろいろ言われたと思いますが・・。その後、何をモチベーションにやっておられますか?

Y:日本に帰ってから、普通にトレーニングをしていたら、新聞社からの連絡で再試合だと知りました。とりあえず、直前のJリーグの試合は休みましたが・・。グランドのミスはグランドでしか取り返すことができないと思っていますので、その後も、その失敗をリベンジする意味で頑張っています。

H:私も、吉田さんのように、ミスはミスで仕方ないので、その後、前を向いてやることが重要だと思います。では、吉田さんの信念はいかがですか?

Y:レフェリングとは、自己表現の場だと思っています。レフリーをしてて、強いチームが負けたらどうしよう・・とか、いろいろ考えてしまうと思います。しかし、私は「吉田寿光とはこういう人間だ!こういうレフリーだ!」ということを示す機会だと思っています。ある意味、ミスをミスと思わない、鈍感力も必要なのかもしれません。

H:ゲームの中ではどう考えていますか?

Y:23人目のプレーヤーとなる感覚が大切だと思います。よく「ボールから目を離すな!」と言われますが、ボールだけでなく、選手は何を考えているか?を常に考えてゲーム全体を見ています。次にどこにボールが来るかという予想があたれば嬉しいし、外れれば全力で走ってカバーします。

H:今後の目標はいかがですか?

Y:岡田さんのJリーグ通算300試合を超えたいと思います。それと、体力が続く限り、60歳になっても審判を続けられたらと思います。

H:では、最後に、参加者のみなさんにメッセージをお願いします。

Y:私みたいなこんな体が小さい人間でも、Jリーグや国際試合でやってこれました。これからも体力が続く限り、頑張りたいと思います。ですので、みなさんも自信を持って、上へ上へと目指して頑張ってください。

<パネルディスカッション終了>

おわりに

 吉田氏のお話にもありましたが、わが国のスポーツにおいて審判は、普段はあまり注目を集めることはありませんが、ひとたび試合中に誤審などが起こると、大きく取り上げられ、非難の対象となる機会が多いことから、決して恵まれた環境にあるとは言えないでしょう。それゆえ、試合を正常に運営するにあたり、審判には常に冷静なジャッジが求められると思われます。そして、わが国でも2008年の初旬頃に、ハンドボールにおいて「中東の笛」として大きな話題となりましたが、審判には公平さや、厳正さも同時に求められることは言うまでもありません。また、トップレベルの審判として試合でよいパフォーマンスを行うためには、対談の中にもあるように、試合感や審判技術、フィジカルトレーニングといった直接パフォーマンスに結びつくもの以外にも、職場や家族の理解といった周囲のサポートも不可欠であると思われます。
 このように、今回の橋本氏と吉田氏の対談から、トップレフェリーとして活動をおこなう審判の実態や、その審判を取り巻く環境が理解できたのではないでしょうか。国の競技レベルが向上するにあたり、選手やマネジメントスタッフの強化はもちろんのこと、審判のレベルの向上および育成も今後大変重要になってくると思われます。実際に、多くの競技団体やリーグにおいて、審判の育成にあたりアカデミーの設立や、独自の育成カリキュラムの作成など、育成に対する取り組みも見られます。これらの取り組みが実を結び、より多くの審判が高いレベルで活動することにより、競技レベルの向上に寄与することで、審判を取り巻く環境や地位も向上することを期待したいと思います。

<完>