トップアスリートに聞く食事学 Vol.1



2010/01/12




河谷 彰子

谷川 聡(たにがわ さとる)


1972年7月5日生

東京都町田市出身

110mハードル競技の日本記録保持者

シドニー五輪、アテネ五輪の日本代表選手

現在、筑波大学人間総合科学研究科講師、筑波大学陸上競技部短距離・障害コーチ

ホームページ:http://www.tanisato.com/

 今回、谷川さんに、選手という立場とコーチという立場を両方経験しているからこそのコメントをたくさんいただきました。
 選手の方々は勿論のこと、コーチの方にも耳よりな情報かと思います。

1.ジュニア期に身につけて欲しい食事のベース


 合宿に行ったときなど、他の選手と自分を比べて、あの選手は“お菓子を食べ過ぎじゃない?”とか“おかわりしないの?”“3食の食事を食べなさ過ぎだな〜”または“食べ過ぎだな〜”などと感じたことがあります。

 トップアスリートは、食事を意識しているから強いのか、意識している人が残っているのかどちらか分かりませんが、いずれにせよ食事への意識が高いと感じます。
 だからと言って、食事を食べただけ強くなるわけではない。
 若い選手にありがちなのは、“トレーニングをやれば強くなる”と思っているところ。

 トレーニングだけが大切なのではなく、“食べる・寝る・トレーニング”が大切であり、この3つが掛け算で大切になってくると感じます。
 この習慣を身につけるには、やはりジュニア期が大切だと痛感します。つまり、家での習慣がまず大切。親御さんは勿論ですが、コーチなど周りの大人が教えてあげなくてはいけないでしょう。

 私の場合は、小さい頃に白いご飯と納豆や卵をよく食べていました。この習慣は、大きくなって選手時代も続けていました。

 小さい頃は遠足の時は別として、外で売っているお菓子は食べさせてもらえなかったです。自分自身、そういうお菓子を食べたいとも思いませんでした。ただ母は料理好きで(それが高じて調理師として仕事をしていたのですが)、よく色々なものを作ってくれました。パン・かりんとう・ケーキ・蒸しパン・クッキー・蒸かし芋…そんな感じのものをおやつの時間に食べていたように記憶しています。

 母が教えてくれたこの食習慣に非常に感謝しています。今でもこの食習慣はベースになっています。ジュニア期に食事のベースを身につけてこそですね。
 色々な情報が氾濫しているためか、そこばかりに目が行って試そうとしている若い選手が目に付きますが、ベースをきちんと整えた上でのことです。身につけて欲しい食事のベースとは、“3食バランス良く”です。

河谷のコメント:
 全く同感です!
 子供達の食に関する問題が色々とピックアップされていますが、それを改善するには、周りの大人が教えてあげないといけないと感じます。
 そして、その方々へ食に関する正しい情報や実践方法などを、どのように子ども達や選手の方々へ伝達するかは非常に大きな課題だと感じます。
 朝食をしっかり食べることは、健康を維持するためにも強いアスリートを目指すためにもまず大切にして欲しいところですが、家庭で大人が朝食を食べていなければ、“朝食をしっかり食べなさい!”が通用しないですもんね。
 朝食をしっかり食べている選手ほど、自己管理が比較的上手にできている傾向にあり、身体つきもしっかりしていると感じます。何事もベースが大切という意見に大賛成です。

2.怪我の治りは寝て待て!


 トレーニングと食事は通常期と鍛錬期と分けて考えていました。
 年間を通じて食事に関して気をつけていたことは、“3食を欠かさない”“3食をなるべく同じ時間に食べる”の2点です。

 さらに鍛錬期(トレーニング量が増える時期)は、“4食食べる”など、体重をバロメータの1つにして、食事量そのものを増やしていました。
 パフォーマンスと比較しながら体重をコントロールしているのですが、年齢によって自分にとってのベスト体重は変化していました。

 身長:185cm
 20歳代半ば:75〜76kg
 20歳代後半:79kg
   ⇒ウエイトトレーニングと食事によって増加。
    81kgをオーバーすると、パフォーマンスが低下すると感じていた。
 30歳台前半:79kg(最大時81〜2kg)

 試合などで、良い結果が出ているうちは、体重は気にしないようにしていました。
 皆さんに伝えたいことは、“果報は寝て待て”ならぬ“怪我の治りは寝て待て!”ということです。リハビリ中は、普段のトレーニング量に満たしていないので体重が増加することは当たり前のことであり、食事制限やオーバートレーニングによる体重減少は怪我の治りを遅らせるように感じます。世の中で言われている様々なことを試してみましたが、今の結論は、これです。
 コーチの方々に伝えたいのは、“選手にこれが良い方法なんだと、伝えて信じさせるということです。”
 焦ってしまう気持ちは分かりますが、結局のところ、症状にあったリハビリとベースとなる食事と睡眠が一番大切であり、焦って色々試して普段と違うことをしてみたり、選手を焦らせてしまうことが良くない結果を生むのではないかと感じます。

河谷のコメント:
 年齢によってベスト体重が変化していたというのは、常に色々なトレーニング方法を試してみてこそ、自分のベストパフォーマンスを探っていたという証なのではないでしょうか?
 アスリートの中には、体重の増加によってパフォーマンスが悪くなるのではないかと極端に恐れる方がいらっしゃいますが、20歳代半ばまでは特にトライ&エラーを繰り返す必要があるのかもしれないですね。
 横浜FCの選手に、トレーニングと食事で筋肉量を増加した結果、去年は重く感じていた体重が今年は動きやすいと感じている方を多く耳にします。一度やってみて、ダメだったからとあきらめるのではなく、時期を変えてやってみると成功するということなのかもしれませんね。
 そして、谷川さんは怪我の時の色々な経験の結果“怪我の治りは寝て待て”という結論に達したのではないかと感じました。非常に興味あるコメントだと感じました。

3.バナナとおにぎりを補食に、たんぱく質強化に納豆を持ち歩いていた。

 鍛錬期の過ごし方で食事のポイントは、3食をしっかり食べる以外に練習直後などに補食を摂るようにしていました。
 内容的には、学生時代はバナナやパン、プロになってからはバナナやおにぎりを食べていました。
 学生時代は、パンはそれだけで食べることができるし、簡単に買うことができるからと思って補食にパンを食べていましたが、今になってみれば、朝食にまとめてごはんを炊いておにぎりにしてパンの代わりに持ち歩いていれば、もっと食事量が増えていたのに…食費を抑えながら、さらに強い身体作りができていたのに・・・と思います。
 学生時代は、定食を食べに外食をすることも多かったのですが、そういうときには、納豆を持参してご飯をおかわりしていました。はじめは嫌な顔をされるのですが、お店の方と仲良くなって、その辺は・・・。
 バックの中には、補食用の食べ物と定食強化として納豆がよく入っていましたよ。たま〜に、納豆のパックが空いてしまっていて大変なことになるんですけどね。

河谷のコメント:
 補食にバナナ・おにぎり・パンは、定番ですね。(勝てるアスリートの食事学Vol.45参照
 驚いたのは、納豆をパックで持ち歩いていたこと。
 納豆は何と言っても安いし、高たんぱく・低脂肪、さらに鉄分が多いので、アスリートには欠かせない栄養素を豊富に含む便利食材と言えます。持ち歩いて定食メニューにプラスして食べたら、とっても良いですね。
 アスリートの方々にお勧めしたいのは、行き着けの定食屋さんを作って、お店の方と仲良くなること。食事面の心配が軽減することは勿論ですが、応援してくれる方が少しでも多ければ、くじけそうな時でも、頑張れますよね。

4.朝食は簡単なメニューですが、勿論しっかりと食べていた。

 朝食は、自炊をしていました。手の込んだ料理はしていませんでしたが、こんな感じです(下図)。

ご飯 1合
納豆 1パック
卵 2つ(1個は白身のみ)
豚汁
ほうれん草のおひたし
ヨーグルト 200g
フルーツ 
牛乳 200cc
 エネルギー量:1,172kcal たんぱく質:53.5g 脂質:33.1g

 夜のうちにご飯を炊飯器にセットして毎朝ご飯をしっかり食べていました。
 今考えると補食用に、もっとたくさん炊いておにぎりにして持ち歩けば良かったなと感じます。

 選手の中には、朝食をたくさん食べると、午前中のトレーニング中に気持ち悪くなってしまうからと、あまり食べない選手もいますが、私の場合はそういうことを感じたことはありません
 試合前の食事も、“試合3時間前に食べる”とよく本に書いてありますが、あまりそこにはこだわっていません。
 要は、身体を動かす時に、差し支えなければ良いと感じます。

 3食の食事で、おかわりしないなど食事量が少ない選手や子ども達が多いように感じるのですが、是非たくさん食べて欲しいと感じます。朝食からおかわりして欲しいです。
 ジュニア期から食事のベースを身につけていれば、大きくなってから食べることができないということはないのではないでしょうか?
 強い選手を目指すためにも今日からごはんをたっぷりおかわりして食べて欲しいと思います。

河谷のコメント:
 朝食に1,000kcalを越えるエネルギー量を食べていることは素晴らしいです。
 この量をしっかり食べることができて、午前中しっかり動くことができる消化力を身につけていることは素晴らしいです。若いアスリートに、是非見習っていただきたいですね。
 たんぱく質も十分な量を摂取していますし、脂質も過不足無く非常に良い内容です。
 あえてアドバイスするとしたら、卵2つは両方とも全卵のままでも良いのではと感じます(勝てるアスリートの食事学vol.18参照)。
 食事をしっかり食べると言うと、何だか手の込んだ料理を作らないといけなくて面倒だと感じてしまう方がいらっしゃいますが、そんなことはありません。
 是非、上手に手を抜きながら押さえる所はしっかりとが大切ですね。

 インタビュー中に、何度も谷川さんは“何はともあれ、食事は基本が大切!”とおっしゃっていました。基本なくして応用はない!ですね。
 谷川さん、貴重なお話しをありがとうございました。



河谷 彰子(かわたに あきこ)

株式会社レオックジャパン スポーツ事業担当 管理栄養士

〔経歴〕
1995年日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業
1997年筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻卒業
1997〜2006年3月株式会社タラソシステムジャパン入社
(海水中・陸上での運動指導や栄養カウンセリング、食サービスの提案を実施)
2006年4月〜株式会社レオック関東入社 同年9月にレオックジャパンに転籍
横浜FC栄養アドバイザー・横浜FCユース栄養アドバイザー
その他、YMCA社会体育専門学校にてアスレチックトレーナー育成講座『スポーツ栄養学』講師・慶応大学非常勤講師・さくら整形外科クリニックにて栄養相談などを行なう。

以下のコラムを担当しております。