トップアスリートに聞く食事学 Vol.2



2010/01/26




河谷 彰子

中川 善雄(なかがわ よしお)

1974年8月9日生
熊本県宇上郡三角町出身(現在宇城市)
中央大学ハンドボール部を経て、三陽商会ハンドボール部へ。
平成13年同部休部と共に大崎電気工業に移籍。
プロ選手として日本リーグ、全日本で活躍中。

ホームページ:http://www.y-nakagawa.net/index.asp

 今回、シーズン真っ只中の中川選手に、お時間をいただきお話しをうかがいました。
 自分の身体と対話しながら体調を調整しているというお言葉に、自分の身体に繊細な感覚をお持ちのアスリートだと感じました。

1.自分が思っている以上に食べた方が良い。


 アスリートにとって食事が大切だと言われるようになったのは、ここ最近の話ですよね。僕らが小中学生の頃は、“水を飲むな”など今から考えると無茶苦茶なことを言われていたし、そして、それに従っていました。正直なところ、若い頃は食事をしっかり食べていなくても、トレーニングができてしまっていました。
 僕は、高校生時代から下宿をしていたのですが、その時に朝食をしっかり食べる習慣が崩れてしまいました。食べないということはありませんでしたが、前日の練習がきついと朝起きることができなくて朝食の量がパン1個だけなど、量が少なくなることがよくありました。
 今考えると、高校時代は、疲れやすかったし、どんなに寝ても眠かった。それは、食事が原因だったと感じます。

 しっかり食べて、寝る。そうしていれば、絶対もっと練習に集中することができていたと思います。
 とにかく、若い選手には自分が思っている以上にたくさん食べた方が良いと伝えたいです。お金がかかるかもしれないけど、学生アスリートであれば、学食でおかずを2つ・ご飯大盛りは最低限食べて欲しいですね

河谷のコメント:
 大学生アスリートの中には、高校時代より体重が落ちてしまった・高校生の時のほうがたくさん食べていたという方がいらっしゃいます。競技レベルがアップすることによって、トレーニング量が増えているのに体重が(悪い方向に)落ちているということは、単純に食事量が不足していることが考えられます。中でも朝食の量が激減する方が多いように感じます。
 高校生時代には、監督や両親などから口すっぱく“朝食を食べて、朝練だ!”“朝食を食べろ!!”などと言われていたのが、大学生になると、そこまで厳しく言われなくなったり、実家から離れることで、自分で食事の管理ができなくなるためという理由の選手をよく目にします。
 一人暮らしをする前に、食事を初めとする最低限の家事はできるようになっていて欲しいなと感じます。(勝てるアスリートの食事学 Vol.24Vol.50参照)

2.リズミカルに過ごそう。


 食事面について、チームをサポートしてくれている栄養士さんから、色々な情報を教えてもらっていましたが、実行はそれほどしていませんでした。
 でも日本代表になったのをきっかけに生活全般を見直しました。もっと上を目指したいという気持ちが強くなったときに、良いと言われている事を色々試してみました。

 その結果、体力が落ちたあとは、特に食事の重要性を感じています
 30歳過ぎた頃からは、しっかり寝て・朝食をちゃんと食べて、さらにリラックスする時間も大切にするなどの1日のサイクルやリズムが規則正しいことが大切だと身体で感じています。
 リズミカルな生活をしていると試合に臨む精神状態が良くなるように感じます。反対に、リズムが狂うとなんだかイライラしてしまいます。
 若いうちに、この生活リズムを身につけておけば良かったなと振り返っています。

 リズミカルにするというのは、朝食をしっかり食べることから始まります
 例えば朝食を抜いてしまうと、昼食の時間が早くなったりと普段と違う時間に食べてしまう。すると、練習前に中途半端にお腹が空くため何かを食べてしまって練習中動けなくなる。
 また、普段食べないのに余計な間食をしてしまうと、夕食が食べられなくなってしまう、などと1日のリズムが狂ってしまうのです。
 朝をしっかり食べる工夫も必要じゃないかと思うんですよね。朝食前に新聞を読む・散歩するなどすれば、絶対にお腹がすくでしょ。
 起きてすぐには、なかなか食べづらいけど、朝の時間に余裕を持っていれば、結果的に3食をたくさん食べることができますよね。

 さらに、気をつけたいことが規則正しく3食をしっかり食べるということです。僕の場合、なるべく間食をせずに3食をできるだけお腹一杯に食べることを大切にしています。
 夕食をしっかり食べていれば、寝る時間に熟睡して眠ることができるでしょ。
 でも夕食をしっかり食べていなければ、寝る前にお腹が空いてしまって何か食べてしまうでしょ。そうすると、寝付きが悪くなってしまう。
 3食をしっかり食べると生活のリズムが自然に規則正しくなるし、次第に体調が良くなると実感します。
 若い頃は体力があるから身体が動くし、練習でも追い込める。僕が高校時代に、常に眠かったり、トレーニング後バテてしまっていたのは、リズミカルに生活していなかったからだと振り返っています。だからこそ伝えたいのは“高校生なら、22時に寝て、7時に起きる!”これを続けて、早くこのリズムを掴んで欲しいということです。
 飲みに行ったり、ストレス解消もたまには必要ですが、正しいリズムを身につけておけばリズムが狂った時でも、睡眠などを補足することで体調はすぐに戻りますよ。

河谷のコメント:
 高校生や大学生などは特に、夜の就寝時間は気を遣って欲しいところですね。
 大学生アスリートを対象としたセミナーで、もっと食事を食べて欲しいと伝えると“そんなにお金がない!”と言う方がいらっしゃいます。それに対して、“携帯電話の料金は月にいくら?”と切り返すと、驚くほど毎月支払っていることがあります。
 強いアスリートになるために、何を優先させるのか?
 試合にたとえ負けたとしても、くいのないトレーニングや生活習慣をしてきたか?
 強くなるために、トレーニングの追い込みも勿論大切ですが、食習慣を含めた生活習慣全般を見直す必要がありそうですね。
 中川選手のご意見に大賛成です。

3.リズムをつかんだ後は、リズムを保つために調整しよう。

 昔は試合前のジンクスがありましたが、今はありません。それよりも今は、自分の体調さえ良ければ勝てる!と感じています。
 その体調を整えるためにも、常に身体と対話しています。
 僕の場合、試合前に眠いというのは一番ダメだと感じます。そこをどのように試合に持っていくか?調整するか?それが大切!!試合の時間に合わせて、朝食や睡眠時間を調整することで体調を万全にしています。あとは、試合前にストレッチしたときの身体の感覚的が良ければ、そんなに悪いことにはならないです。

 さらに普段の体調管理のために、何か目安があれば安心です。僕の場合は体重が指標の一つになっています。周りの選手は1日の中で3kgの変動が当たり前という中、僕はそのような大きな変化はありません。常に一定。これは体質の差もあるかもしれませんが、僕の場合は、ほとんど変動はありません。
(現在 身長:180cm 体重:78kg 体脂肪率:12〜13%)
 毎日の体重測定の結果、体重が落ちていれば、基に戻すために炭水化物・たんぱく質をしっかり摂るようにしています。
 自分にとっての指標があれば修正しやすいです。
 といっても、今の体重になったのは、25〜6歳の頃なんです。大学生になった頃は72kgでした。そして代表に入った21〜2歳の頃、オルソン監督に“身長―100の体重を目指すように”と言われました。僕の場合は、80kgを目指さなくてはいけなくなるので、体重を増やすために1日5〜6食も食べさせられていました。でも、そんなに食べられないし、お腹は壊すし、吐いてしまっていました。だから、食事がとってもストレスでした。ストレスがあったせいか、体重も思うように増えませんでしたよ。ストレスも体調管理ができない理由の1つでしょうね。その後、このようなプレッシャーが無くなってから、かえって体重が重くなっていきました。今では、そんな苦労をしなくても、体重は落ちないんですよね。ストレスが少ないせいなのか、リズミカルな生活をしているせいか…でもやっぱり、1日のリズムかな〜。リズミカルな生活をしていれば、食事量をたくさん食べられるようになりますよ。

 また、自分の感覚も大切にしています。昼寝は、基本的にはしませんが、疲れがピークになったときには、朝食を食べてから少し睡眠をとったり、昼食後に10〜20分位昼寝をとります。頭の奥がボヤッとした状態ではトレーニングをしないようにしています。身体と対話しながら、コントロールするようにしています。
 間食も基本的にはしませんが、体重や体調によって、トレーニング前にパンを少し食べたり、練習後にオレンジジュースやプロテインをたまに飲むこともあります。

 夜に飲みに行くこともあります。コミュニケーションをとりやすいですもんね。そんなときでも、定食を食べてから居酒屋に行きます。居酒屋はあくまでコミュニケーションをとる場。僕にとって、食事をする場ではない。だから定食を食べてから行くんです。自分のリズムを崩したくないんですよね。
 居酒屋では、定食でとれなかったものをおつまみで補ったりするんですよ

河谷のコメント:
 リズムを崩しても、それを取り戻す工夫は本当に大切ですよね。
 
自分の感覚は大切にしたいところですが、つかめるまでに時間がかかる場合もありますよね。特に若い選手は、体重などの客観的な数値を手始めに指標にしたら良いでしょう。
 定食を食べてから居酒屋に行く!なんと素晴らしい!!是非、見習いたいですね。

4.腸が強くないとアスリートは強くなれない。

 もともと腸が強い方ではなかったからこそ感じるのかもしれませんが、腸が強くないとアスリートは強くないと感じる。内臓が疲れてくるとバテやすかったり、気力が持たないと僕は感じています。
 試合に出て身体を酷使した後は、身体が酸化しているので、アルカリ性のものを摂るようにしています。だから、野菜をたくさん食べるようにしています。そして、水も積極的に飲みます。
 それと、普段から味噌汁・納豆・ヨーグルトなどの発酵食品をよく食べています。
 ヨーグルトは、腸まで乳酸菌が生きていると謳った物を食べています。
 これらを食べることによって、試合後でもヘトヘトにならなかったり、バテないようになったと感じます。
 日常生活での飲み物の温度にも気を遣っています。以前は、冬でもアイスコーヒーなどの冷たいものを飲んでいましたが、季節に関係なく温かいお茶・紅茶・コーヒーなどを飲むようにしています。

河谷のコメント:
 腸が強いと良い!確かにそうですね。
 しっかり食べて、動くことができる!これが大切ですよね。
 色々なアスリートの食事を見ていて感じることは、“納豆を食べているアスリートはしっかり食事を食べている”という傾向があることです。
 納豆を食べると食事バランスが良くなるとは言い切れませんが、納豆は低脂肪・高たんぱく質であり、さらに鉄分も多いため、アスリートにとって嬉しい食材です。さらに納豆を食べるとご飯の量も自然に増えますよね。
 さらに発酵食品全般は健康面でも注目食材ですので、是非積極的に食べておきたいですね。中川選手の食事に対する気の遣い方は非常に細やかだと感じます。

5.オフの日の食事

朝(8:00)
 パン
 シチュー
 オレンジジュース
 ジョア
昼(12:00)
 ごはん
 味噌汁(大根・しめじ
 玉子焼き
 サバの塩焼き
 さつま揚げ
 サラダ
夕(19:30)
 ごはん・パン
 
シチュー
 
ポークステーキ
 
ツナとキュウリのサラダ
 
みかん
 
ぶどうジュース


河谷のコメント:
 アスリートのみならず、野菜不足の人が多い中、毎回の食事に野菜が入っているのは見習いたいところですね。
 そして何より驚いたのが、“昨日の食事を教えてください。”と頼んだところ、スラスラとお答えいただいたことです。
 中川選手は『普段から、チームの栄養士さんに食事調査をしていただいているから、食事内容をよく覚えているでしょ。』とニコッとしながら、サラッと答えていらっしゃいました。
 そんなところからも、食事に対する意識の高さというか調整力を感じました。素晴らしいですね。

 リズミカルにするために、皆さんは何から始めますか?今より5分早く起きる。朝に新聞を読む、散歩を始める…何でも良いです。さらに強くなるために、中川選手のアドバイスを参考に何か始めてみませんか?
 中川選手、貴重なお話しをありがとうございました。



河谷 彰子(かわたに あきこ)

株式会社レオックジャパン スポーツ事業担当 管理栄養士

〔経歴〕

1995年日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業

1997年筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻卒業

1997〜2006年3月株式会社タラソシステムジャパン入社
(海水中・陸上での運動指導や栄養カウンセリング、食サービスの提案を実施)

2006年4月〜株式会社レオック関東入社 同年9月にレオックジャパンに転籍
横浜FC栄養アドバイザー・横浜FCユース栄養アドバイザー
その他、YMCA社会体育専門学校にてアスレチックトレーナー育成講座『スポーツ栄養学』講師・慶応大学非常勤講師・さくら整形外科クリニックにて栄養相談などを行なう。

以下のコラムを担当しております。