トップアスリートに聞く食事学 Vol.5



2010/03/09




河谷 彰子

橋本 信雄(はしもと のぶお)

1954年9月21日生
東京都港区出身
昨年3月に現役を引退。
FIBA(国際バスケットボール連盟)名誉国際審判員・国際コミッショナー
財団法人 日本バスケットボール協会 理事 審判・規則部長

日本バスケットボール協会 JABBA公式サイトJABBA-NET.com:

http://www.jabba-net.com/

 レフリーの方とお話しをするのが、私自身初めてだったので、どんなお話しが飛び出すのかとても楽しみでした。レフリーだからこその身体の鍛え方・精神力やコミュニケーション能力の高め方・・・。とても興味深いお話しばかりでした。

1.ゲーム前は、精神集中と自分のリズムに気をつける。

 レフリーはアスリートと同様に、身体能力を高く維持することやコンディションの調整など、体調管理も勿論大切ですが、どちらかというと精神的な集中力の方が大切ですかね。集中力の高め方は、人それぞれで、ゲーム直前まで冗談を言って笑っている人もいれば、喋らずにゲームに向けて集中している人など様々です。私の場合は後者のタイプでした。
 いずれにせよ、自分が担当するゲームに向けて、どのように集中を高めていくかが非常に大事だと感じます。

 ゲーム中はレフリーに対するクレームが非常に多いんです。だからレフリーは“文句言われたらどうしよう。”“うまく、自分が判定できなかったらどうしよう。”など、マイナス的というかネガティブなことを多く想像してしまいやすいんです。だから、普段の食事などで、ストレスを貯めてしまうのは良くないように感じます。だから、無理な制限などをして、自分を追い込まない程度に食事はしています。

 ただゲーム直前に食べるものは、ゲームから逆算して食べるように気をつけています。
 私の場合は、ゲーム前日から油っこいものは止めるとか、ゲーム当日やゲーム開始時間の2時間半前にバナナ・そば類・みかん・ごはん少々などあっさりしたものを食べます

 国際試合だと、スタート時間が朝10時からのこともあるし、夜10時のこともあります。夜スタートの場合は時計が回ってから夕食のこともありますし、場合によっては、そのままよく眠れないまま朝のゲームを迎えなくてはいけないこともあります。ホテルでの食事は全てバイキングなので、割り当てられたゲームに応じて自分のペースで食べる量や内容を決めていく必要があります。時間に余裕がなくてゲームの直前に食べてしまったときなどは、自分のリズムを守れなかった・普段どおりにルーティンを守らなかったという不安感を感じると、ゲーム前の調整が上手にできなかったと感じます。
 だから私の場合、試合前は特に自分なりの儀式というかリズムを決めています。

河谷のコメント:
 万全の体調で試合に挑むために、試合前に食べる軽食が非常に大切だということは、アスリートもレフリーも同じと言えますね。ただ、レフリーの場合は、担当する試合と試合の間隔が十分でないこともあるということですね。だからこそ、身体と対話しながら体調を整える必要があるのでしょう。
 リズムを大切にするというお話しは、中川選手(トップアスリートに聞く食事学vol.2)でも登場しているキーワードですが、自分の身体と対話することができるという繊細な感覚を持つことも大切だということでしょう。
 トップアスリートを目指す皆さんは、どの位繊細に自分の身体と対話し、感じていますか?試合前だけ食事や生活リズムに気を遣っても、良い体調を作ることはできないのではないでしょうか。
 また、“食事をコントロールする=ストレスになる”というイメージは、スポーツ栄養だけでなく、一般的な栄養指導の場面でもよく聞かれるコメントですが、どんなに身体に良い食事でも美味しく食べてこそ身体に良いと言えるでしょう。栄養士さんの食事アドバイスの方法一つで、このイメージは変わるように感じます。栄養士さんの課題とも言えそうですね。

2.トレーニングは、自分の自信につながる。

 普段、他の仕事をしているので毎日はトレーニングできませんが、気分と体調によって無理のない程度に週2〜3日走るなどのトレーニングをしていました。週の半ばでは、比較的きつめに4〜5km走ることもありました。
 体調管理は、人それぞれの方法があって良いと思います。ただ、トップで頑張っているレフリーは自分なりのリズムと調整を大切にしていますよ。
 中には1日3回体重計に乗ってストイックに自己管理している方もいらっしゃいます。一方で大学生など若い世代になってくると、自己管理をしている方とそうでないと思われる方とが大きく分かれてくるように感じます。
 ただ自己管理ができているかどうかは、体型やかもし出す雰囲気で何となく分かりますけどね。

 バスケット選手は背が高い傾向にありますので、レフリーもできれば身長が大きい方が良いです。でも外国人に比べて日本人は身長がどうしても低いので、身長の代わりに、選手に負けないような筋肉をつける等の身体のビルトアップをして、見栄えをたくましく変えるようにしたほうが良いでしょう。つまり、見た目の印象が大事だということです。
 私の場合は、ウエイトトレーニングによって、特に上半身とシャツから見える前腕部分を鍛えていました。これは、レフリーとしての印象をたくましくするためということと、トレーニングをすることで自分に自信が出来てくるためです。
 身長は遺伝的な要素もあるので、アスリートに負けてもしょうがないと諦めなければいけませんが、体格ではトップアスリートに負けないし、それだけの努力をしたということが自信につながるように思います。
 特に、これは国際レフリーとして世界に出て行きたいと考えている方には特に必要だと思います。
 体格が小さいと負い目を感じてしまって、精神的に選手から置いていかれてしまうんですよね。ゲームに向けて大切なことは、何はともあれ良い精神状態と自信を持っていること。

 選手とレフリーは同じ時点からスタートしなくちゃいけないんです。ミスが続いていくと、だんだん気が引けるというか精神的に置いて行かれてしまいます。そうなった時は、何とか元の精神状態に取り戻していかないといけないんです。だからと言って、選手よりも精神的に先というか上に行ってもいけない。常に精神面では選手とレフリーは同じレベルでテンションが上がっていかないと、ゲーム中にいざこざやトラブルなどが起きてしまいます。


河谷のコメント:
 レフリーとしての体力にプラスして洋服から出ている部分を鍛える…驚きです!横浜FCの選手が、“選手にとって、ピッチ上は、sanctuary(聖域)だ。”と話してくれました。選手と対等に戦うためには、それ相応のトレーニングを積んだものしかコート上に上がれないという感じでしょうか。とてもプロ意識を感じ、格好良いと思いました。
 試合を目の前にした時、あれもした・これもした・何もやり残したことは無い!大丈夫!全力で頑張れる!!という気持ちが大切であり、食事はその一つではないでしょうか。アスリートであれば、勝っても負けても後悔を残さないように試合は勿論ですが、日々のトレーニングや日常生活でも精一杯勝ちにこだわる姿勢!これがトップを目指すアスリートとして、格好良い姿なんじゃないかと私は感じます。

3.ミスをカバーするには、人生経験とコミュニケーションが大切。

 レフリーは、選手・コーチ・観客・レフリー皆がゲームに集中する雰囲気を作らないといけないという使命があります。
 4者の皆が同じ感覚でプレーを判断できれば一番良いゲームになります。ただ、誰もが同じ判断をするというのは、なかなか難しいですよね。でも、レフリーだけが違う判断をしていまった場合は、ゲームが崩れてきてしまいます。同じ目線や感覚で、しかも平等に、ゲームを進行していく必要があります。

 人間ですからミスはあります。ミスをしてチームから色々なことを言われて負い目を感じてしまった場合は、そこをどのようにカバーしてくかが重要です。そういう時は、言葉のやりとり・表情・しぐさ・振る舞いが非常に大事です。
 だから、色々な場面を想定して練習をします。過去に起こした失敗の経験などを思い出して、次に向けての対策を考えます。ゲームというのは、その日の様々な状況によって全部違う結果になるものであって、同じ状況でのゲームは存在しません。

 ハーフタイム前のタイムアウト中、レフリーが集まって簡単なミーティングをします。“さっきはフォローしてくれてありがとう。”“○番の選手はイライラしているから注意しよう。”などです。綿密な作戦というよりか、ゲームの流れや雰囲気を話して調整するんです。一人でレフリーをしているというより、みんなでコミュニケーションをとりながら、ゲームにマッチした審判をするという感じです。
 私が若い頃は“こいつには、負けない!”といった感じで、パートナーがライバルみたいな時代もありましたよ。また昔のルールには、レフリーと選手はゲーム中、話してはいけないなんてこともあったんです。

 選手が色んなことをレフリーに言いたい・聞いて欲しいなんてこともあります。そういう時には、レフリーが“そうじゃないでしょ。”なんてなだめたり、突き放したりすることもあります。このさじ加減がレフリーのセンスになってくるんですよね。ほんのちょっとのやりとりが、揚げ足を取られたりなんてことにもなります。選手は駆け引きと思っているところも勿論あるでしょう、だからレフリーは身体・精神・表情を鍛える必要があるんです。
 私は、無愛想なほうなので、損をしたことが多いように思いますけどね。逆に、愛想が良すぎると観客から“なんだ、あのレフリー!ヘラヘラしちゃって!!”なんて言われてしまいますがね。何でもさじ加減が大切だということです。

 “審判のミスもゲームの1つ”という言葉があるんですね。それに甘えてはいけないのですが、そういうことも織り込み済みで、ゲームが終了したときに“良いゲームだったね。”と言われるように進行していく必要があります。こちらもラッキー・あちらもラッキーというところがあれば良い。その都度、色々なことをパートナーのレフリーと考えながらゲームを進めていくことが大事なんです。

4.レフリーにとってのスキルアップは、人生経験と試合を足繁く見に行くこと。

 レフリーとしての技術を高めるために、電車に乗って動体視力鍛えるなどの方法もありますが、それ以上に、時間の許す限り色々なゲームを見に行くということが大切だと感じます。
 自分以外のレフリーが担当しているゲームを現場に行って見て、自分だったらどのようにするかを考えながら見ることが大切でしょう。そうすることで、常にゲームに目を慣らすことが大切。私は、よくサッカーのゲームも見に行きますよ。

 今の若い方は、平気で“もっと教えて欲しい”と聞いてきますが、そういうときは決まって“経験だよ。”って言います。

 私の若い頃は、あまり先輩から教わらなかったというか、教えてくれなかった。今は教えてくれるシステムがあるし、DVDや講習会もいっぱいある。場合によっては、海外での勉強することもできる。こうなると逆に頭でっかちになって、現実と伴なわなくなってきてしまうことがよくあるように感じます。
 失敗することも上手くいくことも経験。そして、さらに人間性がプラスされる。結局のところ、経験と人間性が大切になってきますよ。だから、足繁くゲームを見ること・自分で吹くこと(レフリーをすること)はとても大事ですし、そういう活動を増やして経験を重ねていくことが大事でしょうね。

 そして人からのアドバイスに耳を貸して反省をし、それを活かすということも大事
 コート以外の自分の仕事場や家庭などで学ぶこともいっぱいありますよ。上司から怒られた・お客様からクレームをいただいた時の態度や受け答えなど、知らず知らずと身についたことは、コート上でのクレームや年上のコーチから文句言われた時にもスムーズに対応できるなど、違いが出てきます。だから、職場でのコミュニケーションも大切です。コート上でなくても、学べることはいっぱいありますよ。

 レフリーの走り方・笛の吹き方・判定のとりあげ方など、コート上での姿を5〜10分見ていると、その人の持っている雰囲気とかで将来が分かっちゃうんですよね。悲しいですが、努力しても良いレフリーになれない人もいるってことです。光るものを持っている人は経験に関わらず若い人でもいらっしゃいますよ。人間性なんでしょうかね。

 バスケットの技術などは必要ですが、良いアスリートが良いレフリーになるとも限らないんですよね。勿論、バスケットをやったことのない人がバスケのレフリーをやっている人もいらっしゃいます。バスケの経験は無いよりはあった方が良い。さらに言えば、他の競技もかじっていた方が良いです。とにかく、若いときに色々なことを自分で体験していることが栄養になっていると思うんです。
 そして失敗しても、それを活かす経験も大切です。

 レフリーとして、気の配り方・感じ方も大切ですね。選手がイライラしているのを気づかずに、追い打ちをかけるようなことをしてしまったら、もっと悪い関係になってしまいますよね。その辺を読み取る力も大切です。


5.国際審判は特にコミュニケーション能力が大切。

 国際大会と国内大会では、大きな違いがあります。選手の場合、海外での試合は、日本以外の全ての国が敵になりますよね。レフリーの場合は、1つの国から1人しか行かないので、海外から来た全てのレフリーが自分のパートナーになるんです。そこが、選手との大きな違いですね。自分とは異なる文化・言葉・食文化も違う外国人レフリーと、いかに多くのコミュニケーションをとって、2週間を共に過ごすかは大きな課題です。自分だけの食べ物を自分だけで食べていたりしたら問題ですよね。同じ目線で上手にやっていく必要があります。
 勿論、宗教によって食べられない物もある人達もいるので、それは尊重してあげなければなりません。時には、お酒を飲みながらのコミュニケーションも大事になってくることもあります。

 私は本来喋るのが苦手なんですが、だからこそコミュニケーションを大切にしています。今でも国際大会のコミッショナーとして海外によく行きますが、どこの国の人に対しても同じように振舞うように心がけています。国によってはわがままだったり、自分勝手だったりと色々な個性を持っている人々がいますが、それはそれで尊重してあげたいと思っています。自分自身は、基本線を崩さずに、皆平等に接したいと思っています。

 国際連盟FIBA(国際バスケットボール連盟)では、大会期間中は原則的に、禁酒・禁煙です。だからこそ食事の場面でのコミュニケーションが非常に大切になってきます。一人でポツンと食べないで、疲れてイヤだと思っても皆で一緒に食べることが何よりもコミュニケーションにつながりますよね。色々な個性が集まった時、輪が乱れない程度の触れ合い方ができないといけませんね。

 日本は名だたる女性審判大国です。女性レフリーは、ほとんどの世界の決勝戦に呼ばれたりと非常に優秀なんです。
 日本女性のトップレフリーは、非常にフレンドリーですし、物怖じしないで外国人と接するし、自分から外国人に、心をさらけ出して上手にコミュニケーションしています。様々なことに対して一生懸命取り組んでいます。
 私はある女性を、自信を持って国際審判として推薦したところ、すぐにアテネオリンピックでレフリーとして立派に勤めていましたよ。

 世界選手権やオリンピックでのレフリーは、日本チームが出る出ないに関わらず国際連盟の方からの指名で全て選出されて出場しています。
 その方は、レフリーの性格などを見抜く力が素晴らしいと感じます。国際審判として指名されるためには、レフリーとしての技量も勿論大切ですが、見栄え・雰囲気・性格も大切です。早く審判の資格を取ったからといって、それが良いとは限らない。
 真の世界でトップのレフリーになってもらうために、私は指導者として悪者になって対外的な文章の文面・挨拶・報告・言葉遣い・メールの文章なども指導しています。今の人たちには、これが絶対大切なんです。謝る時・御礼を言う時、報告をするときは、メールじゃダメなんです。きちんと電話など直接でないとダメなんです。メールは、逃げられるんですよね。そういう教育をしないといけないというのは、情けないような気もしますが、この世の中、やらないと分からないでしょうね。


河谷のコメント:
 世界で頑張っている女性レフリーがいらっしゃると伺って、女性として嬉しいです。
 レフリーの技術の前に人間力。相手を知るために、自分を知ってもらうために、コミュニケーションが大切であり、食事の場面が有効である。本当にその通りですね。
 食事は、生きるための栄養を摂るという役割もありますが、人間のつながりを容易に深くすると感じます。ある調査によると、食事をしているときは、対立を避けようという傾向があるそうです。そのため、一緒に食事をすることで要望や交渉事が受け入れられる確率が高くなるとのことです。食事の場面を有効に活用したいところですね。
 私もアスリートを支えるスタッフの一人として、このような環境作りにも貢献できるように努めたいと、改めて認識致しました。

 レフリーに大切なことは、技術の前に人間力…これは、アスリートにも言えるのではないかと感じます。強ければ良い、勝てば良い、それだけではトップアスリートと言えないのではないでしょうか。素敵なトップアスリートを目指すために、皆さんは何に気をつけるように一歩踏み出しますか?



河谷 彰子(かわたに あきこ)

株式会社レオックジャパン スポーツ事業担当 管理栄養士

〔経歴〕

1995年日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業

1997年筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻卒業

1997〜2006年3月株式会社タラソシステムジャパン入社
(海水中・陸上での運動指導や栄養カウンセリング、食サービスの提案を実施)

2006年4月〜株式会社レオック関東入社 同年9月にレオックジャパンに転籍
横浜FC栄養アドバイザー・横浜FCユース栄養アドバイザー
その他、YMCA社会体育専門学校にてアスレチックトレーナー育成講座『スポーツ栄養学』講師・慶応大学非常勤講師・さくら整形外科クリニックにて栄養相談などを行なう。

以下のコラムを担当しております。