トップアスリートに聞く食事学 Vol.7



2010/04/06




河谷 彰子

黒岩 彰(くろいわ あきら)

1961年9月6日生
群馬県吾妻郡嬬恋村出身
1984年サラエボ冬季オリンピック(スピードスケート500m・1000m)・1988年カルガリーオリンピック(スピードスケート500m・1000m)出場。カルガリーオリンピックでは、500m銅メダルを受賞。世界スプリントスピードスケート選手権大会にて、ヘルシンキ大会(1983年)・サンテフォイ(1987年)に優勝、軽井沢(1986年)に銅メダルを受賞。
2008年より、富士急行スケート部の監督。

富士急スケート部ホームページ:http://www.fujikyu-speed.jp/

 2月に帯広を訪れた際に黒岩さんに偶然お会いして、お話しをする機会がありました。
 
私が栄養士だと自己紹介すると、開口一番厳しいコメントが吐露されました。
 
アスリートをサポートしたいと考えている栄養士に、是非聞いていただきたいお話しをうかがうことが出来ました。

1.食事は楽しく食べなきゃね!

 栄養士と言えば・・・
 アスリート時代、“1ヶ月の食事内容を記録して”と栄養士に言われて、見てもらった事があるんだよね。その時に言われたことが、“トンカツはダメ”“揚げ物は衣外してじゃないとダメ”“トロの握りは脂が多いから止めよう”“おかずは魚にしよう”などだった。
 言われたとおりに、食べているうちに、何だか食事をしているっていうか餌を食べている気がしちゃってさー。食事が楽しくなくなっちゃったんだよね。
 僕は、食べてもトンカツは1〜2切れだったり、トロのにぎりも1つとか、色々なものをちょこちょこ食べるのが好きなんだよね。そこをダメって言う必要は無いんじゃないかなって思うよ。

 アスリート時代のジンクスはなかったけど、“肉食べたら次の日は魚にしよう”みたいのはあったな。
 あと1回の食事で色々な種類を少量ずつ用意して食べた。贅沢な食べ方ではあるけどね。そうすると良いというのを感じていましたね。
 トンカツに千切りキャベツだけというのではなく、トンカツ2切れ、そこに鶏のささみの和え物や、千切りキャベツのようにチョコチョコと色々なものを皿の上に乗せるんだよね。

河谷のコメント:
<アスリートをサポートしている、もしくはしたいと考えている栄養士の方へ>
 食事の目的はヒトとして生命を維持するため、もしくは健康に生きるために必要な栄養素を摂取することです。しかし栄養素ばかりを考えて、食事を楽しむことの大切さを忘れてしまっている方がいらっしゃるように感じます。シチュエーションによっては、食事を楽しむことの優先順位が低くなることもあるでしょう。しかし、それはあくまで緊急時もしくは短期的であるべきではないかと思います。
 アスリートに関わる栄養士さんの笑い話としてこんなことを聞いたことがあります。
 “トレーニング後なるべく早くたんぱく質をとらせたいから、豆腐を1丁持って待っていた。”
 栄養素を適切なタイミングでとるという点では、間違っていないでしょう。でも豆腐を1丁食べてくれるでしょうか?もしくは、食べたいと思うでしょうか?このあたりを考えながら、献立を立てたり食事アドバイスをする必要があると感じます。
 アスリートをサポートし始めた頃、ある監督に“栄養士が立てたメニューは、魚・和食が多くて食べたいとなかなか思わない。若いアスリートは何だかんだ言っても肉が食べたいんだよ。”と言われました。
 種目によっては、余計な体脂肪をつけたくないから脂質を抑えるということも必要になるでしょう。いきなり魚料理を勧めたい栄養士の気持ちが分からないでもありません。しかし、魚料理をあまり食べる習慣がないアスリートであれば、肉ではなく、魚を食べよう!というアドバイスを実行することはなかなか難しいでしょう。
 実行できることから段階を踏んでメニューを調整していったり、アドバイスすることが大切なように感じます。アスリート自身がそうしたくなるようなアドバイスができたら良いですよね。

<アスリートの方へ>
 
食事はトレーニングの効果を最大限に活かすために大切なことなので、是非気を遣って欲しいです。しかし気を遣いすぎて、どうして良いか分からなくなってしまっているアスリートがいるのも現状です。バランスの良い食事(勝てるアスリートの食事学Vol.1参照)を基本として、何なら出来るのか?色々試してみて、自分が最高のパフォーマンスを発揮できると感じた自分流を確立すれば良いのではないでしょうか。

2.食欲がどうしてもわかない時だってある!だから、とにかく食べろ!は好きじゃない。


 一週間のトレーニングには、強度に強弱をつけます。
 月:中強度 火:最大に追い込む 水:easy出来れば疲れを取る日 木:中強度 金:高強度 土:最大 のように。

 トレーニング強度が高くて追い込む日は、ヘトヘトになって家に帰って“このままシャワーを浴びて寝たい。”って時もある。
 そんな日の食事が、もしコテコテの栄養士の作ったコテコテメニュー(机上の空論メニュー)だったら、“オレ、もう今日これ食えない。”ってなっちゃうよね。そうめんスルスルってすすって、寝る方が良いってときだってあったって良いんですよ。身体が疲れている時っていうのは、基本的に内臓も疲れている。だから僕はそういう意味で、1週間とか1ヶ月というスパンでバランスがとれた食事が出来れば良いと考えて、アスリート時代を過ごしていました。
 だから出された食事を全て食べなきゃいけないというのではなくて、若干そこで狂っても、どこかでそれを補うというようなことをよく考えていました。

 食べる順番や料理の出され方によっては、食べることができるよね。
 気がついたらいつの間にかこんなに食べてた!という位食べていることもある。それってやっぱり自分で料理を見て美味しそうと思って、これ食べたいという気持ちが生まれないとね。食べさせられているとか、無理やり流し込むというのは、身体には絶対プラスになってないと僕は思うんだよね。ただ、朝食はしっかり食べた方が良いけどね。

 お皿もカラフルなものにしたりと、彩りも食事を楽しむ上で大切だよね。
 サラダでも、そうじゃない?千切りキャベツだけよりも、ちょこっとミニトマトなんか添えてあると、それだけでも綺麗だし、何より食欲がわくよね。
 食事はとにかく楽しんで食べないとね。餌じゃないんだから。

 アスリート時代に一番食事に気を遣ったのは、梅雨の時期です。
 梅雨は食中毒が多い。たしかにこの時期は食べ物が悪くなったり、菌が繁殖するというのはあるんだけれども、それ以前に人間の身体、特に内臓系が弱っている時期だと僕は感じている。
 だから普段食べても平気なものでも、弱った内臓がそれに対応できなくて食中毒や食あたりみたいな症状を引き起こすんです。そういう場合は、食事の量を少〜し減らして腹7分目くらいで、なるべく消化の良いものでバランスよく食べて、疲れている内臓の負担を軽くしてあげることも大切なんじゃないかな。そうやって梅雨を乗り切ることを、僕はすごく考えて過ごしていました。

 梅雨の間、疲れている内臓を休ませておいて夏に動ける準備をしておくんです。そして夏を迎えたときに“さ〜これから暑い夏!がんがん食べて動くぞ!!”と切り替えます。
 梅雨の時期に暴飲暴食をして、疲れている内臓系を働かしてしまった人は、夏の時期に内臓系がバテているので動けなくなるなんてことがあるんですよ。それがいわゆる夏ばて。
 人間の身体には1年間のサイクルがすごくあるんです。時期・季節にあわせて、食事も合わせるということをアスリート時代すごく考えていましたよ。

 自分が疲れている時は身体だけでなく内臓系も疲れている。だからこそ、僕は“とにかく食べろ!”というのは好きじゃない
 色々工夫をして食欲を沸かしながら、今の若いアスリートには食べて欲しいよね。

河谷のコメント:
 梅雨と内臓の話は、私自身初めて伺う内容でした。ただ一つ言えることは、梅雨の時期は日によって、暑かったりムシムシしたりと食欲が落ちやすくなる時期のスタートと言えます。この時期は、夏モードに切り替えるための準備として食事面は料理面のみならず環境に気を遣う必要があるのは確かですね。(勝てるアスリートの食事学Vol.44参照

<アスリートをサポートしている方へ>
 暑い時期や疲労困憊の時は、特に食事に工夫をすることが大切です(勝てるアスリートの食事学Vol.37参照)。これは年齢を問わずです。
 結果的に食べることができちゃった♪美味しかった。というメニューや環境を作りたいですね。

<子供達のコーチへ>
 幼い頃にたくさんの食事を目の前に、“全部食べないと席を立っちゃいけないよ。”と言われた事はありませんか?たくさん食べることは大切なことではありますが、やはりこれも段階を踏む必要があると感じます。ご飯を1膳しか食べられない子供に、いきなり丼3膳を食べよう!は無理なばかりでなく、食事が楽しくなくなりますよね。
 私としては、ご飯をたくさん食べるための合宿というのは、そんなに効果が得られるのだろうか?と感じています。食事量が少ないという問題がある場合は、普段の食事量を増やせるように子供達自身がその気になるように仕向け、保護者の方々にはそれに協力して欲しいと伝える方が効果的なのではないでしょうか。

<アスリートの方へ>
 強いアスリートで、食が細いアスリートを私は見たことがありません。しっかりトレーニングをしてしっかり食事をする。これが大切だと感じます。
 どんな環境下であっても、最高のパフォーマンスが発揮できるコンディションを自分で何とか整えることができる力を持つことが強いアスリートなのではないでしょうか。

 アスリートをサポートしたいと考えている栄養士が、最近とても多いように感じます。
 一方で、栄養士がスポーツの現場に入り込めないのには、栄養士側の問題があるという方がいらっしゃいます。
 この溝をどのように埋めるか?
 とても大きな課題だと感じました。

 黒岩さん、急なお願いにも関わらず、インタビューをお引き受けしていただき、誠にありがとうございました。



河谷 彰子(かわたに あきこ)

株式会社レオックジャパン スポーツ事業担当 管理栄養士

〔経歴〕

1995年日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業

1997年筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻卒業

1997〜2006年3月株式会社タラソシステムジャパン入社
(海水中・陸上での運動指導や栄養カウンセリング、食サービスの提案を実施)

2006年4月〜株式会社レオック関東入社 同年9月にレオックジャパンに転籍
横浜FC栄養アドバイザー・横浜FCユース栄養アドバイザー
その他、YMCA社会体育専門学校にてアスレチックトレーナー育成講座『スポーツ栄養学』講師・慶応大学非常勤講師・さくら整形外科クリニックにて栄養相談などを行なう。

以下のコラムを担当しております。