トップアスリートに聞く食事学 Vol.9



2010/05/07




河谷 彰子

平子 美佐江(ひらこ みさえ 旧姓:武田)

1943年10月22日生
北海道幕別町出身
1968年フランス・グルノーブル冬季五輪(スピードスケート500m・1,000m)に出場。北海道からの女性オリンピック第一号選手。
高校卒業後に、株式会社三協精機製作所(現:日本電産サンキョー株式会社)に所属。
五輪直後の全日本選手権で引退、郷里に戻り旧帯広ヤングセンターに勤務。
現在は帯広スケート連盟理事・スピード部副部長。又、市内の少年団“緑クラブ”で4歳〜6年生の育成を行なっている。
ソルトレーク冬季五輪スピードスケート五千メートルの平子裕基選手(23)は甥にあたる。

香川 真由美(かがわ まゆみ)

1974年7月16日生
北海道足寄町出身
1993年世界ジュニア選手権代表。1998年長野冬季オリンピック(スピードスケート500m)の補欠に選出される。
現在、足寄町教育委員会にてスポーツ振興・選手(小学生〜中学生)の育成を行なっている。

 バンクーバーオリンピックでスピードスケート長島選手が銀メダルを獲った次の日、私は帯広を訪れていました。帯広の市役所には応援コーナーが設けられ、横断幕も張られ応援一色でした。帯広出身のスピードスケート元オリンピック選手二方に貴重なお話しをうかがうことが出来ました。
 世代が違うと、選手の様々な環境に大きな違いがあるようです。強いアスリートになるには、もしくは育てるためには、何が一番の環境であり方法なのでしょう?
 今回はロングインタビューのため、2回に分けてお送り致します。

平子さん:平 香川さん:香で記載しております。

1.バランスの良い食事が柔かい筋肉を作る。

平:

今の子供って背ばっかり大きくて、骨や筋肉がついてこないからか、あちこち故障が多いのよね。それに、昔に比べて身体が硬いように感じる。アスリートは筋肉が硬かったらダメよ…柔かい筋肉じゃないと
怪我予防にストレッチをしっかりやりなさいってよく子供達に伝えるのよ。家帰ってからやりなさいって言ってもやらないだろうから、筋肉をほぐすために練習後走らせるようにしているの。


香:

身体が硬いと、どうしても競技力に限界が来る。
怪我をするとか、スピードに乗れない身体になってしまう。
さらに食事が充実していないと貧血になりやすかったり、パフォーマンスが高まらないなど、選手としての限界が見えてきてしまいますよね。


平:

身体が硬いのは食事のせいもあるんじゃない。肉は好きだけど、野菜は嫌い。偏った食事ではしっかり成長もしないんじゃない。
昔は今のように食べ物が豊富じゃないということもあるけどね。肉なんかは盆と正月位で野菜をたっぷり食べていたよ。私は野菜が好きだったこともあって、たっぷりこんもり食べてた。
あと便秘だとダメね。毎日お通じがあるっていうのは、ちゃんと野菜を食べているという証拠。食事のバランスが良ければ、便秘はないと思う。


香:

今の子供達は食事の必要性を感じていないんじゃないでしょうか。
そして親御さんによっては、料理をする時間がない・野菜料理を作ることが出来ないとか、子供が嫌いだから用意しない等とおっしゃる方もいらっしゃいます。大人も食事の重要さを感じていないように感じることもあります。子供が生野菜が嫌いで食べないからとおっしゃるときには、キャベツをザク切りにして温野菜にしたり、具沢山スープにしたら立派な一品になりますよって伝えることもあるんです。簡単な工夫で良いので、野菜は食べて欲しい。
親御さんの中には、“そうですね〜”とは言ってくれるけど、実行しようとしない人も多いんですよね。食事など基本的な面から、もう一度見直していかないと次のオリンピックのメダルは獲れないと思います。

食べるのも競争というか、食事の場面でさえも競争が始まっているんだと昔よくコーチに言われていました。何でも食べることができない選手は勝てないって。

河谷のコメント:
 栄養学的に筋肉が柔らかくなる食べ物はありませんが、トレーニングをしてしっかりストレッチする。そしてバランスの良い食事をすることが大切。トレーニングにはウォーミングアップとクーリングダウンも大切にすることを忘れてはいけません。
 海外のトレーニング事情を知るアスリートやコーチが感じていることに、“日本人はクーリングダウンを始めとするトレーニング後のケアにかける時間が非常に短い”ということがあります。
 またトレーニング時間の関係上、十分に練習場所でアフターケアをすることが出来ない年代もあるでしょう。だからこそ、ジュニア期には家でのアフターケアの方法を教えてあげて自分でできることが大切になってくるのではないでしょうか。
 もしかしたらバランスの良い食事を食べているアスリートは、アフターケアも十分に行なっているなど、自己管理ができているから“バランスの良い食事が柔かい筋肉を作る”とお二人は感じているのかもしれませんね。

2.朝食からしっかり食べて強い選手になろう!食べ方・箸の持ち方も大切。

平:

やっぱり栄養のバランスが大切じゃない。そして、朝食はちゃんと食べたほうが良い。
私が選手時代、合宿中は6時起床でウォーキングしてから朝食を食べていた。朝食を食べる習慣がつけば起きてすぐでも食べられるけど、朝食をしっかり食べられない子には、5分でも10分でも散歩して、外の空気を吸って目を覚ましてから食事をしなさいって教えてる。
夕食の内容や時間によっては、お腹が空かなくて朝食が食べられなくなっちゃうよね。早い時間に食べすぎちゃってお腹がすいて、寝る頃にまた何か食べる。それもダメよね。
朝にどうしても食欲がわかなかったら、中にわかめ・しらすとか色々なものを入れたおむすびを作って食べればすごく良いよ。

香:

同じ年代の子供と比べて身体の小さい子は、食が細い子の場合が多いんです。
いくらスケーティングの技術が高くても体格が細いと、一蹴りが弱いのでスピードにつながらないんです。
体力さえあれば技術は後から付いてくるというんですけれど、体格が細いと天然リンクだと特に、ちょっと風が吹いただけで飛ばされますしね。
体格が細い場合は、食事量を増やす必要もあるので、夜寝る前にも食べても良いと思います。ただし、朝食をしっかり食べるために30分早く起きて、今よりたくさん食べる必要があります。そうすれば、必ず食は太くなっていくし、体格も変わってきます。
ただ、無理して食べると腸が成長していないからなのか、すぐに下痢をしてしまうんですよね。体格が細い子は、たいてい繊細な身体を持っていて、極度な緊張症だったりしてお腹を壊しやすかったりもしますよ。だから、段階を踏む必要もあるかもしれません。
一方で、食の太い選手は、アスリートとしてのたくましさがありますよ。

平:

やっぱりスタミナがある選手は胃腸が強いよね。

香:

今の子供たちの食べ方も気になりますよね。ご飯とおかずを交互に食べることができない子供が最近多く見受けられます。ご飯だけ、おかずだけなどと、1品ずつ食べていく傾向があるのが気になります。

平:

そういう家庭は、丼系やチャーハンとかオムライスとか、そういうのが多いのかな。

香:

きっと、別々に盛られたおかずとご飯を一緒に食べるという習慣がないのでしょうね。
あと、お箸の持ち方が悪いがために、滑りやすくて身体に良い食材(豆類・わかめ等)は、なかなか箸でつかめないなんて子もいますよ。食べたいんだけれども、つかめない…。そうして腹を立てて食べない…なんて子も中にはいます。

平: 食べ方や箸の持ち方とかの作法は、やっぱり家のしつけよね。色々見ていれば、家庭の環境は分かる。ちゃんと座って食べることができないっていう子もたくさんいる。
今の学校の先生は、自分達は勉強を教えるところで、しつけをするところじゃないって考えだから。やっぱり食べ方は家庭のしつけが大切になってくるんじゃない?


河谷のコメント:
 朝食を欠食する子供や大人が非常に多いということが、食育の課題として早急に解決すべき問題として挙げられています。私はどんなアスリートに対しても、まず朝食をしっかり食べることのメリットを伝えて、食べるように促すことからアドバイスを始めるようにしています。(勝てるアスリートの食事学Vol.26参照
 朝食をしっかり食べるようになるだけで、1日の過ごし方・1日の食事量・身体の大きさ(中でも筋肉量)等、様々なことが変わります。
 朝食は食べられない!と決めつけているアスリートの方!!本当にそのままで良いのでしょうか?スタミナがある選手は胃腸が強いという平子さんのコメントを胸に、今よりご飯を半膳もしくはパンを1/2枚などと、少し朝食量を増やしてみませんか?1週間後には、無理なく食べられるようになりますし、そのまま続けて少しずつ食事量を増やしていくと1ヵ月後には食べないと1日が始まらないという位にまで変わってくるアスリートもいらっしゃいますよ。
 その他の食育の課題として、個食・弧食…色々なコ食という問題があります。家族がバラバラのものを食べていたり、バラバラの場所で食べていたり、食卓を囲むことが少ないということも大きな問題です。家族の楽しい会話は、食卓で交わされることも多いでしょう。さらにしつけも行なわれることでしょう。
 食卓は心と身体を成長させると共に、人としてのマナーを身につけることができる場です。だからこそ、食事の環境は大切にしたいところです。アスリートの食事というと、とにかく食べることが注目されがちではありますが、その前に人として大切なマナーを身につけておいて欲しいところですね。

3.時代と共に色々変わった。そして親も変わった。

平:

昔は農家が多かったけど、この辺りの町の人は会社勤めとかパートが増えました。お昼まで仕事して、子供が帰ってくる頃、家に帰ったりして。今のお母さんは色々忙しいから惣菜を買ってくることも多いような気がする。
私にはひじきやおからの煮物だとかをくれる、料理にこだわりのある友達がいるの。豚丼(帯広の名物料理)のたれをだしにして、ひじきには人参・厚揚げ・昆布や椎茸などがいっぱい入れてあって、とっても美味しいんです。豚丼のたれ(酒・みりん・醤油の自家製合わせ調味料)は、豚丼以外にも煮付けなど色々なだしとして使えるから便利で楽なのよ。椎茸でも豚丼のたれで煮て冷凍庫に入れておけば良いし…。昔はこういう料理がいつも作って冷蔵庫に置いてあったのよね。
今は、出来合いのものが売っているから買っておいて常に家にあれば、簡単に食べられるのにね。

香:

ひじきの見た目が気持ち悪いとか言って、食べない子供が最近いますよね。
おそらく親は子供が幼い時は食べさせることに一生懸命なんだけれども、ある程度大きくなってくると、それほど力を入れなくなってくるのかも。その背景として、コンビニやファストフードが多くなっているというのも手伝っていて、それに頼るようになっているのかも。そういうお店の味(親が教えていない味)を知ってしまったから起こる問題というのもあるんじゃないでしょうか。
忙しい親御さんにとっては、子供達がコンビニやファーストフードを使ってくれると楽ですしね。時代の変化なんでしょうね。
それと、テレビとか雑誌の影響からか、先生や親御さんが間違った情報を発信する場合が、とっても多いんですよね。
選手として強くなりたいなら、もしくはコーチの立場であれば強くさせたいのなら、日常の食事からまずは気をつけることで、より強い選手に育って欲しいと思います。
スポーツドリンクをお茶にしておく・お菓子ではなくて果物にしておくとか、昔臭いと思われるかもしれませんが、結局そういうところに戻らないと育成にはならないんじゃないかと思うんですよね。

スポーツに対する考え方も違ってきているように感じます。
子供の頃から、一つの種目に長けていないといけないと思っている親御さんが多い。例えば、イチロウ選手はずっと野球をしていたから、あんなに素晴らしい選手になったんだって思っている。それは間違っていると思う。イチロウ選手は、色々なスポーツをやっていたけど、結果的に野球を選んだだけのこと。北海道の野球が甲子園に行けないとか、何がないというのは親のエゴでしかない。特に子供の頃は色々なものにチャレンジさせて、色々な分野の力を使った技術の向上をさせないと優れた選手にはならないんじゃないかと思います

ジュニアの頃に年代以上に強いと、親御さんも子供も全て自分のやり方が正しいと勘違いしてしまうなど間違った気持ちや考えになってしまうこともある。テレビである選手がこんなトレーニングをやったなど聞きかじったら、それをレベルに合う合わないに関わらずやってみたり…。そのためコーチは、人間形成を含めて選手にコーチしていかないといけない。
スポーツ全体を通して種目を問わず、アスリートとして色々な才能を持った子供達はたくさんいる。でも小中学生の中に、ジャンプ膝だとか、肘を壊したりなど関節の障害を抱えてしまっている人が多いように感じます。だけど技術だけは、プロ選手並のことを保護者が求めていたりするんですよね。

教え子達には将来、人の気持ちを思いやることができる人間になって欲しいです。強くなると、子供達の中にはコーチの言うことを聞かなくなったり、親御さんも次から次へと新しい情報を集めてきては足元を見失うケースもあるんですよね。
そういうことがあるからこそ、トップのアスリートに対しては、“練習はそんなにしていないですよ。タイミングだけです。”みたいな軽いコメントをして欲しくないです。


河谷のコメント:
 世の中が色々と便利になることが、非常に嬉しいことですし、活用したいところです。ただその活用方法が間違っているのでは?と感じることが多いのも正直なところです。
 保護者の方々は、子供達にコンビニを使うためにとお金を渡すだけではなく、帰ってきたら何を買ったのか?などを確認して、今後につなげられるアドバイスをすると良いですね。(勝てるアスリートの食事学Vol. 22参照
 便利になった環境をフル活用するには、正しい知識が必要になってきます。
 憧れのあの選手がやっているから何もかも真似したくなる気持ちは分かりますが、自分にとって今一番大切なことなのか?その前にやることはないだろうか?など特にジュニア期には十分検討した方が良いでしょう。

 アスリートと言えども、ジュニア期には食育という観点を忘れてはいけませんね。
 昔は良かった…というつもりは全くありませんが、世の中の変化に伴って、家庭での食事風景は変わることはあるでしょう。でも、親から子へ伝えたいことというのは今も昔も変わらずあるはずです。それが食事の場で伝えられることも中にはあるのではないでしょうか。
 何をまず大切にしたいでしょうか。色々と考えさせられたインタビューでした。
 次回もお楽しみに。



河谷 彰子(かわたに あきこ)

株式会社レオックジャパン スポーツ事業担当 管理栄養士

〔経歴〕

1995年日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業

1997年筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻卒業

1997〜2006年3月株式会社タラソシステムジャパン入社
(海水中・陸上での運動指導や栄養カウンセリング、食サービスの提案を実施)

2006年4月〜株式会社レオック関東入社 同年9月にレオックジャパンに転籍
横浜FC栄養アドバイザー・横浜FCユース栄養アドバイザー
その他、YMCA社会体育専門学校にてアスレチックトレーナー育成講座『スポーツ栄養学』講師・慶応大学非常勤講師・さくら整形外科クリニックにて栄養相談などを行なう。

以下のコラムを担当しております。