トップアスリートに聞く食事学 Vol.10
2010/05/18
河谷 彰子
平子 美佐江(ひらこ みさえ 旧姓:武田) |
香川 真由美(かがわ まゆみ) 1974年7月16日生 |
前回に引き続き、スピードスケートのお二方のインタビューです。
皆さんの中で、スポーツ科学に関する色々な情報に戸惑ったことはありませんか?
また、その情報に飛びついてしまったことはありませんか?情報が手軽に手には入るからこそ、十分に精査する必要があるのではないでしょうか。情報に振り回されていないか気になるところです。
平子さん:平 香川さん:香で記載しております。
4.時代と共に選手の考えやチームの雰囲気も変わった。
①練習内容
平: |
昔は短距離選手だって1万メートルのトレーニングをしていて、オールラウンドだった。合宿の時の練習は半端じゃなかったよ。香川さんの時代は、短距離と長距離としっかり分けて練習していたけどね。 |
香: | 平子さんの頃は今の練習時間と比較して2〜3倍も長いですよ。 |
平: | 短距離選手でも3000mの練習だってしたのよ。短距離と長距離と分けなかったのは、トレーニング環境の違いがあるのよね。ウエイトなどの道具や場所が無い分、長野で合宿なら登山をするとか練習に色々工夫をしました。そのおかげか、今の子よりも持久力はありましたよ。今の子は、短距離だったらそれだけだから、短距離の選手は3000mを走れないと思う。それは、短距離は短距離の筋肉にしてしまっているから。 |
香: |
時代の変化に伴って選手は、より良い道具を求め、それに頼っているように感じます。今回のバンクーバーオリンピックではお二方がメダルを獲りましたけど、そこから下の世代には大分開きがあるので、食の部分も含めて見直さないといけないんじゃないかと個人的には思うんですよね。 |
平: | 本当にそれを感じる。今は、選手一人か二人にコーチが一人ついている。それなら強くなるはずですよ。昔は何十人の選手にコーチ1人だったんだもん。 |
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香: | その何十人から這い上がっていくんですもんね。 |
平: | 人の良い所を盗んで身につけていた、そういう時代だったんです。 |
香: |
私がジュニアだった頃の中国や韓国は、お金持ちの人しかやっていなかったんです。でも日本がスピードスケート選手を強化してメダルをとれるようになっているのを見て、15〜6年前から選手を強化するようになったんです。その結果が今回のバンクーバーオリンピックなんです。日本が5(銀3・銅2)に対して、中国11(金5・銀2・銅4)や韓国14(金6・銀6・銅2)のメダル数は本当に多かったですもんね。
スポーツをするのには、本当にお金がかかる。スピードスケートの場合だと、年間約1,000万。金銭面で、競技を続けられない選手も出てきてしまいます。 |
②先輩後輩の人間関係
平: |
私達の時代は上下関係がとってもある中で指導されてきた。 上下関係が厳しかったから、下積み時代の3年間は常にびくびくよ。下積み時代は、合宿行ったら起床係で皆を起こさなきゃいけない。皆が起きる前にカタカタ音がしたら叱られるから、目覚ましもかけられずに、時計と睨めっこで毎日ドキドキしながら朝を迎えていたわよ。だから、寝ていられなかったのよね。先輩は怖かったよ。 |
香: |
平子さんの時代には厳しい上下関係があったから、強い身体が備わっていたんだって感じます。食べられない先輩からの回され物を食べて、それを肥やしに、たくましくなっていって今がある。私より平子さん世代の方は年が上ですけど、松葉杖ついてるとか、病気しているとか、そんなのないですもんね。 私達の頃は平子さんの上下関係が厳しい時代から、だいぶ和らいできていました。先輩方の脈々と続いていた厳しい上下関係を後輩の視点から見ていて、それはどうなのか?と疑問を感じていた下の世代が、これはやめよう・あれも無くそうと、だんだん変わっていったんです。そして、その結果が今なんですよね。 |
平: |
今は見ていて、先輩・後輩の上下関係がない。やっぱり先輩後輩が無いっていうのはダメね。第一、挨拶がちゃんとできてないもの…だらしなく感じるわね。私達の時代、上下関係は厳しかったけど、その代わり今でもちゃんと久しぶりに会っても挨拶するし、親しみがある。色々な世界大会で再会するときなんか、懐かししすごく良いです。“おー元気か!”なんて声をかけたり、かけられたり。 |
香: | 平子さんの世代の方が、これだけ頑張ってきてくださったので、サンキョーはこれだけ継続して頑張れているんだと思いますよ。昔からスピードスケートをやっている会社は今は2社しかいませんものね。 |
河谷のコメント: どんなにスポーツ科学が進歩して最先端のトレーニング方法が開発されたとしても、食事を楽しむ・食欲を満たすということは、ヒトとして忘れたくない要素だと感じます。そして、食事に早道はないと考えます。早道をすれば、どこかにひずみが来てしまうでしょう。 時代が変わっても、食卓を囲む風景、大人から子供・先輩から後輩へ引き継ぎたい文化や習慣は脈々と引き継いでいくべきではないかと思います。 |
5.アスリートと食事
平: |
サンキョーは職員用の食堂があって、そこに栄養士がついていたんです。スケート部はそこで食事をしていましたが、普通の寮の食事におかずを一品多くしてくれたり、野菜・豆・ひじきとか色々バランスが良いように特別食を作ってもらっていたんです。 それに、霧が峰とか蓼科…色々な場所で合宿するときには栄養士がついていたよ。 だから意外とあの当時は一番良かったんじゃないかな。お金も裕福だったから。 食事は栄養士の作ったメニューだから、全部食べなきゃいけなかったのよ。 私はもともと、赤身肉や乳製品はそんなに好きじゃなかった。でもサンキョーに入ってからは、毎晩、血のしたたるような赤い肉を食べさせられて、さらには牛乳も瓶(200ml)で1日に3〜4本を強制的に食べさせられたんです。
蓼科で合宿した時は、食事がアスリート用のメニューじゃなくて肉不足だったからすっごい太くて大きいハムを背負って持って行ったわよ。そして、そのハムを分厚く切って食べさせられたのよ。私は、またその肉が嫌でね〜。でも食べないと体力がつかないし、練習について行けない。やっぱり食事は大事ですよ。 |
香: |
平子さんの時代のお話をここまで詳しい話を私自身初めて伺って、ただ強くなるための練習をするんではなくて、強くなるためには、それなりの源があったんだなと思います。栄養士がついている企業なんて、なかなか無いですよ。
夏にはカルガリーで合宿を高校生ながらにもやっていたんですけれど、スケート連盟の栄養士が同行して、トップ選手の場合は、朝から心拍や脈拍を測って、どういう食事をして、カロリーが間に合っているのかなど分析していただいて。 指導者になって感じることは、食事は大きな割合を占めている部分もあるから学生達は実行した方が良いということ。でも今の学生達はやっていないんですよね。 |
平: |
あら、そうなの?サンキョーは、そうじゃなかったね。 |
香: |
だから、食事に関しての知識がないと、ただお腹に入れれば良いやと思っちゃって、栄養補助食品だけで終わらせちゃうなんて選手も最近はいるんですよね。そうなるとパフォーマンスが全然向上しないんですよね。 |
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平: |
そうよね。それじゃ、ダメよね。栄養補助食品は、悪いもんじゃないけど、試合の前なんかに、たまには良いけどね。3食の食事の変わりにしちゃダメよね。あくまで補助的よね。 |
香: |
子供の体力を向上させるためには、私は根性論よりも何よりも食事だと思っています。 |
平: | 身体が資本だからね。 |
香: |
夏場の暑い日に頑張ってトレーニングしているからと思って、ジュースを買って行くことはあっても、糖質が多いから普段は止めておこうとか、カロリーオフにしようなどと私は考えています。でも間違った知識を持っていらっしゃる保護者の方々だと、たっぷり甘いジュースやスポーツドリンクを凍らせて飲ませていたりすることがあるんですよね。子供のためだと言わんばかりに。 |
平: |
そういうところあるね。 |
香: |
親御さんの中には「何故うちの子は成長が遅いんだろう、背が伸びないんだろう、体重が増えないんだろう…」と心配するケースがよくあるんです。
“練習後すぐはおにぎりを食べさせてあげて下さい。” それにしても、いつから栄養士がいなくなったんでしょうね。 私はシーズンの初めに、保護者の方にお願いをして子供たちと食事会を催すんです。そうすると、お代わりする子・しない子・肉を食べる子・好き嫌いのある子などをチェックできますし、食事中に今は筋肉を太くする時期だからこういう食事をした方が良いんだよとか話しをすることもできるんですよ。
保護者の中には、大会前日に焼肉食べに行くなんて間違った食事をしている方もいらっしゃっいます。そうすると、試合で子供がまったく走れなくて思いっきりぶん殴られているなんて姿を見かけますよ。私たちとしては、高校のとき習ったように、試合前日の夕食に重い食事(脂が多い食事)をしてしまうと消化が悪い。すると十分に消化ができずに朝食がしっかり食べられない。だから試合前はクリーンな胃袋(消化が終わった)状態が良いですよ、などと説明するんですけどね。それでも気合を入れるために大会前はやっぱり焼肉だ!なんていう保護者もいるんですよね |
平: |
試合前は、ちょっとお腹が空いた時に食べるようにバナナを食べれば良いから、バナナを持ってきなさいって言うんです。バナナで良いのよ。外国行ったって、オリンピックなんかでも、外国人選手はオレンジやバナナをカバンの中に入れて歩いているもんね。 |
河谷のコメント: コーチや保護者の方々には、「しっかり食べろ」「バランスがいい食事をしよう!」という漠然としたコメントではなく、もっと噛み砕いていて、“朝食にご飯をあと1膳多く食べよう!”“野菜を食べないと、疲れが取れないから、サラダを食べよう!”など、より具体的な言い方で伝えて欲しいと思っております。 そして、巷で言われている食に関する情報の中には正しくないものもあるということを認識して欲しいなと思います。
…色々とありますね。 |
6.コーチとして
香: |
選手のレベルにあわせて、言葉を選んで指導するように気をつけています。ただ、姿勢を低くしろ!という指導ではなくて、“●●するため姿勢を低くなれ!”というように具体的に分かりやすく指導しています。時には、身体を使って説明しています。 食事であれば、今は選手に
さらに、 やはり、指導者が必要だと思って伝えていることでも、その情報を後押しする何か、例えば栄養士などからの情報が無いと保護者の方は確信を持てないがために、実践しないというのが現状で結構コーチとして辛い場面もあったりするんです。
コーチの場合は、トレーニングのバリエーションを持っていたほうが良いのでは?と思うことがあります。 私はコーチとして、色々な方々にスケートの楽しさを伝えたい。 |
河谷のコメント: 子供達に、食事についてアドバイスするときは、“好き嫌いなく、残さず食べよう!”“朝ごはんを食べよう!”などというコメントではなくて、“●●を食べないと、●●になっちゃうよ。”“朝ごはんを食べないと、朝練で頑張れないよ”などと、子供達が今の問題点を解決したくなるように伝えることを心がけています。 子供達がなりたい姿になるために、チャレンジ精神をくすぐるようなアドバイス方法は、とても有効です。これは、香川さんの言い方をお借りすると、“自分のステージから一段降りた歩み寄ったアドバイス方法”になるのかもしれませんね。 |
大人は子供達にとって、様々な情報の交通整備をしてあげるべき人でありたいですね。
平子様・香川様、貴重なお話しをお聞かせいただき、誠にありがとうございました。
そして、インタビューの機会を作ってくださった帯広市体育連盟様の皆様、誠にありがとうございました。
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