トップアスリートに聞く食事学 Vol.14
2010/07/13
河谷 彰子
関 一人(せき かずと) 1975年9月11日生 関東自動車工業株式会社ホームページ:http://www.kanto-aw.co.jp/jp/sailing/ |
アテネオリンピック前までは、全く食事に気を遣わなかったという関さん。何がきっかけで食事に気を遣うようになったのか?そして現在、子供達にどのように指導しているのか?とても興味深いお話を伺うことができました。
1.3食を食べる。そして時間に、気をつける!
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選手のときに食事で一番気にしていたのは、3食を食べる時間でした。朝はしっかり食べる、そして特に気をつけるのは夕食を食べる時間。
朝食は、和食が多いです。納豆ごはん・味噌汁・魚もしくは卵料理・サラダって感じです。
朝食は、昔から食べていました。
若い選手の中には、朝食をしっかりと食べることができない選手がいます。
例えば、中学生の男の子がご飯を1膳食べることができない。合宿の時などは、“これを食べてからトレーニングに出掛けろ!”と伝えます。え〜…。と言われたら“食べないなら、トレーニングに行かなくて良い!”って厳しい事を言う事もたまにはあります。
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やっぱり、ある程度半強制でも食べさせないことにはね。子供の時は、特に身体作りに大切な時期ですから。
食べられない選手は、朝早く起こしたりもします。そうすると少しは、普段よりも多く食べることができます。朝食は食べないと、アスリートとしてどうなるということでなくて、それ以前の問題として“3食をしっかり食べたいな。”“飯はちゃんと食うもんだ!”と自分が思っているだけで、栄養学的にどうこうということは考えたことはないです。小さい頃からの朝食の習慣がそのように考えるようになったんじゃないかと最近思います。
子供達の普段の食生活を聞いてみると、朝パンと牛乳だけとか、牛乳だけという選手もいれば、ちゃんと食べている子もいる。ビシッと朝食が家庭で出てくる子は、ちゃんと食べることができる。セーリングのパフォーマンスに、どのように影響を与えるかということは、よく分かりませんが朝食をしっかり食べる子は、几帳面だったり、挨拶がちゃんとできたり等と生活がきっちりしていますよね。
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昼食は、一部練の日は海の上でバナナ・おにぎり・パン・ゼリーなど携帯できる間食を食べて、練習後に海から上がってきて食事をします。
二部練の時は、昼食は定食屋さんで食べます。ラーメンではなくて、●●定食みたいな感じで主食・主菜・副菜をそろえるようにします。
夕食は、可能な限り18時半〜19時に食べていました。寝るまでに時間を十分に空けて、少しお腹が空いた頃に寝ていました。夕食の時間が遅くなると、次の日がだるくなっちゃうんです。よく“食べてから2〜3時間後に寝た方が良い”と言いますが、そうではなくて僕は自分の中で満腹感がなくなってから寝るようにしていました。
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僕、本当は脂っこいものが大好きなんです。
でも自分にとっての理想の夕飯時間より遅い場合は、食べるものに気をつけます。
お酒の席だったら、脂っぽいつまみは見ないようにして野菜を積極的に食べるようにしています。
鶏の唐揚げとホッケの焼魚が出たら、ホッケの方だけ食べるみたいな感じです。本当は唐揚げを食べたいんですけどね…
食事がパフォーマンスに、ダイレクトに影響を与えるかどうかは正直わからないです。でも、やっぱり顕著に現れるのは脂っこいものを食べた時。そして、そういうものを食べた後に“胃が重いな〜”と食事に気を遣うようになってから、分かるようになりました。
オリンピックに出て一番良かった事はトップを極めた沢山の方と出会えた事。トップを極めている方は、人間的にすごいなーと感じる人が多いですし、皆さん人を惹きつけるオーラを持っている。
僕が思うに、強い選手は人ができていると感じます。
どう表現したら良いのかな〜。難しいですけど…人への気配りができるとか、広い視野で物事を見られるとか色々なタイプはありますけど、ホント人間的にできていますよね。
河谷のコメント: 朝食を食べている子供は、几帳面だったり、挨拶がちゃんとできたりするなど生活がきっちりしているというのは、興味深いですね。そして、強い選手は人ができている。挨拶をするということは、人としての基本だという方もいらっしゃいますが、もしかしたら、朝食をしっかり食べると強い選手になることができるかも!?そんなに簡単な問題ではありませんが、食事の内容や食べる時間に気を遣うということは、基本的なことなんですよね。(勝てるアスリートの食事学Vol.26参照) |
2.食事に気を遣わない自分が恥ずかしくなった!
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食事に気をつかうようになったのは、アテネオリンピックの前に“本気で勝ちたい”と思い始めてからです。
体重が元々ちょっと軽めだったこともありますが、暴飲暴食しても指摘されることもなかったので、それまでは全然食事に気を遣っていなかったです。
きっかけはJISS(国立スポーツ科学センター)のバイキングスタイルの昼食での出来事。
トレーの上には、たしか肉ばっかり乗っていて野菜が全く乗っていなかったんですけど、その僕の選んだ料理を見て、初めて会った栄養士さんに“全く気にしてないね!”ってビックリした顔で言われました。一方、僕は“これ好きです!”って感じでした。
JISSでの生活は、僕にとっては異次元!
背中に『JAPAN』の文字を付けている他種目の選手達を見ていると、そうしないといけないの?なんて気になるんです。“こんなに食うの!”という選手もいれば減量している選手なんかは“これだけ!!!”という選手もいる。
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色々なセーリング種目の選手と遠征に行くようになって、特にウインドサーフィンの選手は身体が資本なので、野菜をたくさん食べるなどと気を遣っている姿を目にするようになったんです。そうすると、炭酸ジュースを飲んだり、ガッツリ脂が多い食事をしたりしている自分が恥ずかしくなったんです。“これで良いのかな〜”などと考えるようになってから、自分でも食事に気を遣うようになったんです。
若いうちに気づいて良かったです。
食事は、主食・主菜・副菜をそろえるようにして食べていますよ。これがJISS効果ですね。
河谷のコメント: 色々な方と食事の話をすると、よく聞かれる言葉は“普通”です。例えば『どの位ご飯を食べていますか?』と質問すると『普通の量です。』というように。 食事は、アスリートだからしている行動ではなく、内容に個人差があるにせよ、誰もが毎日やっている生活習慣の一つ。そのためか普通が普通でないことがよくあります。だからこそ、いつものメンバーでない人やチームや種目の人々と食事をすると、自分が普通でないことに気づくということができるのでしょう。 子供に関する食の3大悩みは“少食・食べ過ぎ・好き嫌い”。悩みを解消する方法は色々ありますが、家族以外の食事会を通じて、親は改善方法そして子供は自分の問題点に気づくなんてことがよくありますよ。 |
3.体重を増やしたい時は、夕食に工夫をしている。
僕の体型は見ての通り、結構キャシャなんですけど、私が活動していた470級というのは2名で130〜135kgが適正体重といわれていて私のポジションは60〜65kg位の選手が多いです。だから、私の場合、減量はあまりする必要がありませんでした。でも外国人の場合は身長が高い選手が多いので、減量が課題となってくる場合があります。外国人にとっては、私のポジションをこなすには減量している選手が多いです。だから、外国人は試合後の打ち上げには減量が終わったということで盛大に乾杯をしていますよ。
僕の場合はお酒が飲めないんですけどね。
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試合期間は、7日間の大会だったら休み無く毎日大会があるんです。だから疲れがたまってくるのか、2〜3kgは減っちゃうんですよね。アテネオリンピックの時は、自分では57〜6kgのつもりで試合に出場していましたが、大会後のドーピンク検査後、体重を計らせてもらったら54kgになっていたので、ビックリしました。全く減量するつもりもなく、普段どうりに食べていたんですけどね。
強い風が吹く所では、船を起こすときに、大きな力が必要なので、身体がある程度大きい方が良いんです。だから、そういう地域での大会に出場する時は増量しておきます。
そういう時は、寝る前の時間帯に食べるようにすると私の場合は効果的でした。
増量といっても脂肪ばかりかもしれませんけど(笑)
僕の場合は、身長167cm、オフ時の体重が58kg・増量した時の体重が62kg。
だいたい4kgの増量ですが、大会本番の約1ヶ月弱前から調整するようにします。
河谷のコメント: 体重を増やした時や減らしたい時に、体重計に乗るという選手は多いでしょう。しかし、体重測定は体調管理の一つになります。特に夏場は、トレーニング前後の体重測定を行なうことで、トレーニング中に適切な量の水分を補給することができたかを確認することができます。(勝てるアスリートの食事学Vol.17参照) また、体重の増減にも注意が必要です。脂肪の量を積極的に減らしたい場合は1ヶ月で-1〜-2kgペースが理想。それ以上の体重の減少は除脂肪体重(主に筋肉)が減ってしまっていると考えられます。また除脂肪体重を増量したい場合は、1ヶ月に+1〜+2kgペースが理想。それ以上の増加は、脂肪が増加していると考えられます。 選手の通常の体重や競技種目にもよりますが、特にジュニア期や初めて大幅な体重の増減をする際には、是非トレーナーや栄養士に相談していただきたいところです。 |
4.僕流の子供達へのアドバイス
昔、セーリング業界は食事に関する情報は皆無だった。昔からしたら、セーリング競技に食事が大切だと考え方が変わったことは、すごいことですよ。
今ではセーリング業界でも栄養士さんが一生懸命食事について指導してくれています。そうなると競技全体の雰囲気が“食事には、気を遣うべきだ!”という雰囲気になってくる。
栄養士さんには合宿などに、来ていただいて話をしてもらったり、メニューを作ってもらったり、若手選手にアドバイスしてもらったりしています。
まだまだ選手個人によっては、そういう指導が受けることができる環境ではない選手もいますけど、こういう雰囲気はセーリング競技そのものがより良い方向に向いてくるように感じます。
ベーシックとして抑えておきたいものが一つ増えるというのは、とっても良いことだと思います。
コーチとなった今、選手には “●●を食べよう!”というような直接的な言い方を僕はしないです。例えば飲み物を買ってあげるときに、子供達が“炭酸ジュース!”とリクエストしても、わざとオレンジジュースを買ってくるなんてことをします。嫌いな食べ物を食べさせたいときは、ジャンケンをして、負けたほうが一つずつ食べるんです。5つ嫌いな物があったら、5回ジャンケンして確率的には2つは食べてもらえるじゃないですか。そんなことしていますよ。この方法は、実は自分の子供にやっていた方法なんです。(うちの子は初めの頃じゃんけんに負けたのが悔しくって泣いてしまいましたが、最後には楽しくやっていました。)
子供達にとっては、ジャンケンが楽しいんですよね。『食べ物で遊ぶな!』っておっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、初めはそれでも良いかなって思っています。コーチの立場になった今、思うことは選手の意識を変えるには何か選手にとってのきっかけ作りが必要だなって思います。
食事って、これを食べたからこれだけパフォーマンスが上がるっていうのが分かりづらいから、食事の大切さを伝えるのは難しいですよね。
なんか、そういうレパートリーを持っている方っていらっしゃいませんかね。トレーニングでも、何でもそうですよね。色々な種目の合宿を見てみたいなって思っています。
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今の子供達は、大人に対して免疫が無いというか、フレンドリーな子が多いですよね。そして、ちゃんと目を見て話せる子が増えてきたように感じます。大人の顔を見て、ハッとして下を向いてしまうような子は、かえってアドバイスするのが厳しいな〜って思います。
目を見て話しさえできれば、ディスカッションができるんですよね。そして対話ができるとアドバイスがしやすいですよね。
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子供達って面白くて、こちらがアドバイスしたことが心に入って行った時って目の色が変わるんですよね。そうなったらアドバイスする側は、しめたもんです。でも下を向いてしまう子には、目の色を変えるようなアドバイスがなかなか出来づらいんです。
萎縮しちゃっているのか、そういう子は僕が心の底から“頑張ってね。”と声をかけても社交辞令と思ってしまったり、ただの声をかけてもらったという思い出になってしまうように感じます。そこからステップアップしてくれれば嬉しいんですけどね。3日間とか、ある程度の期間を一緒に過ごしているのに、態度が変わらないとコーチする側としては辛いですね。せっかく人と会ったんだから、仲良くなろうという姿勢が大切かなって思います。セーリングなんか特に、人数が少ない中での講習会なので、やろうと思えば全員と仲良くなることは出来るんですよね。これが出来なかった時は私の未熟さを痛感する時です。
パフォーマンスの差は、こういう言い方をして良いのか分かりませんが…感受性の違いが大きいと感じます。
ヨットは風を使うスポーツですが、風の強弱は色々な物の揺れ具合などから見えますが、風って基本的に目に見える物じゃないですよね。海の上では海面の色の違いで見分けるのですが100%判るわけではありません。見えているものプラス船から感じる感覚とか、顔に当たる風の感覚、そして、こうなるだろうという発想など感受性の違いがパフォーマンスに影響するんじゃないかって思うんです。
子供でも、とても優れた感受性を持っている子もいるし、大人でも持っていない人もいる。練習すると、基礎的なことは分かってくるんですけど…高い感受性っていうのは、経験ではないところがありますよ。
感受性とは何かと聞かれると、説明しづらいですね〜。僕の知識が無いだけかもしれませんが。計器で測るような数字で測定可能なものではないのが、感受性です。持って生まれた物というところもあるし、さらに努力を重ねてアンテナを張り続けていられている人がより感受性が高いです。
ある状況下で、絶妙なタイミングで適切な行動をする。それが私の中で感受性が高い感じですかね。サッカーで言ったら、絶妙なタイミングに絶妙な所にパスを出すっていうイメージ。
難しいですね。だからセーリングの楽しさに終わりがないんですよね。
河谷のコメント: 嫌いなものをこのようにユーモアある方法で食べさせるように仕向けているコーチはなかなかいらっしゃらないのではないでしょうか。ただ、食べろ!と言うよりも良いかもしれませんね。ちょっとしたきっかけが大切ですよね。食べることが出来た経験があれば、また食べようとするかもしれませんよね。 好き嫌いは、小さい頃に克服した方が楽ですよ。(勝てるアスリートの食事学Vol.40参照) |
トップアスリートには、もともと持っている才能や関さんのおっしゃる感受性を持っているタイプと、努力の結晶タイプがいらっしゃるように感じます。
ただ好きだから、努力と思わないで惜しみなくその競技に没頭する。努力することの一つに食事があるようにも感じます。
身体作りにとって、食事はとっても大切だからこそジュニア期には特に気を遣って欲しいなと感じます。
子供達には“しっかり3食を食べることが、格好良い!”その一言を伝えるだけでも良いのかもしれませんね。
関さん、興味深いお話をありがとうございました。9月まで、長いヨーロッパ遠征とのことですが、身体に気をつけてロンドンオリンピック目指し、頑張ってください。応援しております。
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