トップアスリートに聞く食事学 Vol.18



2010/09/14




河谷 彰子

永井 東一(ながい とういち)

1963年8月28日生
茨城県東海村出身
元フィールドホッケー日本代表選手。
小学5年に始めてスティックを握る。茨城県立東海高校在学中、インターハイで優秀選手に選出される(1981年)。法政大学に在学中、全日本選手に選出されアジアカップ4位(バングラディッシュ 1985年)。表示灯ホッケーチーム(1986〜1992年)にて、全日本実業団選手権大会6回優勝・国民体育大会5回優勝・全日本選手権大会3回優勝。
代表選手としてアジア大会5位(1986年 韓国)・アジアカップ4位(1989年 インド)。
表示灯ホッケーチーム(現:名古屋フラーテル)監督として活躍し(1991〜1997年)、全日本実業団選手権大会6回優勝・国民体育大会5回優勝・全日本選手権大会3回優勝・アジアクラブチャンピオンズトーナメント優勝(1995年)へと導く。
全日本男子ホッケー監督(1995〜1996年)・法政大学 陸上ホッケー部監督(1999年)
現在、ホッケー日本リーグ機構理事・日本社会人ホッケー連盟常任理事・日本オリンピック委員会総務委員・NPO法人愛知スポーツ倶楽部(名古屋フラーテル)専務理事

名古屋フラーテルホームページ:http://www.aichisportsclub.com
社団法人日本ホッケー協会:http://www.hockey.or.jp/

 〝日本がもっと強くなるためにやらなければならないこと。〟〝世界で通用するためにやらなければならないこと。〟これは、チーム競技全てに共通する課題である。ということを熱く熱くお話しいただきました。アスリートの方々にも、指導者の方々にも課題がありそうです。


1.スポーツをメジャーにするために必要なこと。

 日本でのホッケーの位置づけは、競技人口は約3万人。日本の人口約1.3億人から考えると、競技人口が1%未満のマイナースポーツです。ホッケーが強いドイツでも競技登録人口は約8万人。人口約0.8億人の中の1%未満という、やはりマイナー競技。でもオリンピックの決勝に毎回残っています。一方で、オーストラリアやオランダのホッケー登録人口は30万とか40万とか、国民の何人かに1人はホッケーをやっているメジャー競技なんです。そして、そんな対照的なドイツとオーストラリアはよく1位を争っているんです。

 ドイツが強いのには色々な理由があります。特別技術が高い選手が何人もいる訳ではないんです。でも、必ずストライカーとゴールを守るのが上手な選手がいます。さらに、ドイツは暑い国での試合だろうが、寒い国だろうが、或いは朝の時間帯の試合だろうが晩だろうが、どんな環境であっても常に強いホッケーが出来るんですよ。さらに競技として、選手それぞれのホッケースタイルが非常にテクニカルで、フィジカルも強くて良い。
 社会環境も違うから単純には比べられませんが、ドイツの強さの裏には指導マニュアルや育成の過程、コーチング指導方法等が長けているということが挙げられます。それが国柄としてのドイツのタフさなんだと思います。それだけ世界のトップランキングを保持できるタフさが今のドイツの高い競技レベルの秘訣なんじゃないかなと思います。

 さらに活動環境が安定している。クラブチームがその一つですが、家族皆で同じ場所に行って、運動したり応援したりと、それぞれが同じ場所で楽しむ時間を持つことができる。そして何よりもクラブチームというシステムがとても安定しているということが挙げられます。
 選手達と指導者は、真剣に競技に打ち込んでいるというか、生活の一部にしている。

 良いか悪いかは別ですけど、ヨーロッパのように安定した環境で競技に取り組めるというのは、代表だろうがそうでなかろうが、年をとっていようが若かろうが、人々にとってスポーツが生活の一部として存在しているんでしょう。このような環境で育っているから、幼い子でも自分は将来あのような強い選手になるんだろうなとイメージしながらスポーツできると想像できますよね。

 日本の場合、スポーツ環境の主体が学校なので、中学や高校だと3年サイクルで人が入れ替わってしまう。極端に言えば、毎年毎年違うチームになってしまう。だからチームとしての幅を築けないんですよね。さらに、少子化とか指導者がいない等という問題を学校は抱えながらやっている。
 ドイツには、日本のように学校のチームもありますが、ドイツのスポーツ基盤が地域クラブにあるので、日本とは根本的に違うんですよね。

 マレーシアもホッケーがメジャースポーツの国の1つです。その理由には、国王がマレーシアのホッケー協会会長だということがあります。
 マレーシアでは9つの州の王様(スルターン)が順番に国王になるんですが、少し前までぺラック州のスルターンがアジアホッケー連盟の会長でもあり、国際ホッケー連盟の副会長だったんです。その影響で、ホッケーがとても盛んな競技となっています。そしてホッケー技術も高い。今では2万人入るスタジアムを作って、観客もたくさん入る競技になっていて、興行的にも成り立っているんです。
 そういうスタジアムをマレーシアはたくさん持っているため、大会運営能力にも長けている。だから困った時は、マレーシアに大会を引き受けてもらっています。

 スポーツをメジャーにするために、お金はマスト条件ではありませんが、結果的には必要になってくる。それはスポーツをするため、もしくは大会を運営したり事務局を運営するためには、専任の職員やボランティアの方々をまとめる人が必ず必要になる。そういう人達がいなければ、結局成り立たないんです。そして選手やコーチも含めてホッケーのために働くことができる人達を雇用することが必要となりますし、それができるかどうかが、よりレベルの高い・より見応えのある試合をやることができるという可能性が大きくなります
 世界でも強いチーム(国)は、役割をきっちり果たすことができるという土台の安定性があります。突き詰めて考えれば考えるほど〝スポーツは、何故あるんだ。〟という所に行き着いてしまうかもしれない。それがおそらく理解されながらやっているのが欧米スタイルなんじゃないかなって思う。

 日本の企業スポーツの場合、雇用できる人数が絞られてくるので競技力が高くても年齢が上がってきたら首になるし、30人も40人も抱えていたら経費がかかってしまうので、ある程度絞られる。あげくの果てには、赤字になったからと廃部になるなんてこともある。すごく不安的な環境の中で企業スポーツが存在している。それは、日本の企業スポーツが、これまで高度経済成長に支えられてきた部分もあるからでしょう。その反面、それに乗っかって来てしまったから、現状として非常に不安定な環境にありますよ。

河谷のコメント:
 競技人口が多ければ、メジャースポーツとして高い競技力を築くことができると単純に考えていた部分もありましたが、そんな単純なことではないんですね。そして国のシステムによって国民性が異なり、さらには競技力に違いが出てくるというご意見でしたが、皆さんはどのようにお感じになりますか?
 スポーツ観戦の環境・資金力・強いチーム作り・下部組織のシステム化…私の頭には色々な単語が頭をよぎりましたが、どれもメジャースポーツにするには大切なように感じました。大きくて難しい課題であると共に、どのスポーツも直面している問題かもしれません。

2.世界で戦うためには、ストライカーの育成が必須!


 国際ゲームで通用するチーム作りには絶対的に〝ストライカー〟が必要なんです。ストライカー、つまり点を決める選手のことです。日本には、どのチーム競技にもストライカーがいない。一方、他の国には必ずと言って良いほどストライカーがいるんですよね。

 勿論、日本には点を決める役割の人はいます。日本のストライカーの役割になる人達は、ある意味点を決めることに怯えていると言うか、表現は難しいんですけど“決めなかったら降ろされる”とか“首になる”等ということに気持ちが先に行っている傾向にある。勿論、代表クラスの選手はそんなことは〝おくびにも出さない〟ですが、〝日本選手と海外の選手の違いは何かと比較すると、絶対的に日本は決定力が低いんですよね。

 海外と比較して日本の技術的なレベルが低いということもあるかもしれませんが、それ以上に、精神的な自分の作り方というか点を決めることへの取り組みが、おそらく違うんじゃないかと思うんです。ただ真面目に、それだけを取り組めば良いというのではなく、ストライカーとはどう相手が守っているのかをちゃんと理解して、こうやったら攻められるということをすぐに判断して、その通りにプレーすることができる選手のことを指します。
 世界との違いは体格差とかではなくて、点を決めるためにどうしたら良いのかを突き詰めている選手である“ストライカー”の存在の有無であり、それが今の日本に大切なんです。
 日本の選手が突き詰めていないという訳じゃないんですよ。でも、そこだけに集積されていないようにも感じます。

 日本の将来のスポーツ環境が、誰もがスポーツをするのは当たり前で、誰に言われるでもなく、より上を目指そうという選手意識が自然に芽生えるようになれば良いですね。そうなれば、自分はどんなタイプの選手かということを分析し、そのために何をしなければならないのかも理解できるようになるでしょう。選手達には、毎日ビクビクと“明日、首になるのではないか”“首にならないようにするために、やるにはどうしようか。”というような強迫観念の基ではやっていって欲しくない。

 こうなってしまっている背景には指導者の考え方や学校教育の方針、そして企業スポーツの環境等によるところも大きいので、やむを得ない部分もあるように感じます。
 日本という国柄は、ストライカーを作りたいけど、指導者側や運営者側が作り上げにくい国であるということは言えますよね。
 日本の場合、個性を伸ばすというより平均的な選手を育てるという気質がある。背景として、小さい頃から〝勝手なことをすると怒られる〟〝出る杭は打たれる〟というような統制で育てられている影響があるから。中にはそれを跳ね返して個性を強くして出てくる選手もいますけど・・・。だから日本は中盤に良い選手が育つ環境に今あるんですよ。

 両端のポジションは〝点を入れるか、ゴールを守るか〟という最終的な結論を出すポジションであり、その数が勝負のポジション。それに対して中盤は言ってみれば、結論を出すことを回避できるというか、両端のポジションのサポートポジション。最終結論はストライカーやゴールキーパーになりますからね。
 顔を思い浮かべてもらえれば分かりますけど、世界に通用する日本選手は、どちらかと言うと中盤の選手で、それは日本という国柄というか指導者の意識によるものだと感じます。日本が世界で通用するためには、とにかく〝ストライカーが育つ国にしないといけない〟ということを私は伝えたい。

3.ストライカーを排出するため、指導者も変わらないといけない。

 ストライカーを育てるためには、小さい頃から叩いて叩いて伸ばすことも当然大切ですが “こう判断したから、こうシュートをした。”“こう感じたから、こうやった。”等、例え失敗したとしても自分が今何をしようとしたのかということを話す事や意思を伝えられることが大切。そして指導者側は選手が話しができるようにしてあげることも、大切なんじゃないかと考えているんです。

 勿論、最終的にはゴールを決められないといけないし結果が重要です。しかし、ゴールを決められなかったら駄目だというのではなく、ジュニア選手達は“これで失敗したら怒られる”“ポジションを降ろされる”などという余計な考えが先に思い浮かんでしまうのでちゃんと自分の意思を伝えられないのではないでしょうか。そしてストライカーとしての育成につながりにくいのではないでしょうか。そういうことを背負いながら競技をしている日本人選手が多いと私自身、見抜いています。

 それに対して海外のストライカーは、“何で俺にやらせないのか!”という意気込みを感じます
 自分で点を決めることもありますし、自分で相手を引き付けておいて、チームメイトにシュートさせることもあります。〝そいういう仕事が俺の仕事だ〟〝俺に任せて俺に判断させて俺にやらせろ!〟等と迷いが無い強い意思がありありと伝わってくるんですよ。

 選手も変わらないといけないけど、指導者も変わらないといけない。
 指導者に口答えしたらいけないという雰囲気は、おそらく日本の国柄なので、全てが悪いとも言えませんし、ストライカーのために今の日本のシステムを崩すべきだと言っている訳でもありません。ただ、どうやったら日本人ストライカーを育てられるのかと考えた時、指導者・スタッフ陣・協会運営スタッフがどうするべきかを考えないといけないんです。これが、日本スポーツ界の課題の1つだと私は考えています。

 頭ごなしに監督・コーチに言われた事を、そのまま選手が出来るというのなら、そのやり方でも良いと思う。でもおそらく、こういう今のやり方の限界が今の日本の現状であり限界なんです。だから、なかなか世界のトップランキングに食い込めないんです。

 自分1人で背負っていかないといけない個人競技の場合は、そこのマネージメントというか追い込み方は、もしかしたら他の国には真似できない何かがあるのかもしれない。だから、他の国も日本のようなやり方を取り入れたら良いのかもしれません。でもチーム競技・球技競技は、1人では何もできない。そこがミソで、色々な人が絡んでチームとなる訳で、全体的なマネージメントを通じて〝ストライカーを育てる〟あるいは〝考える選手を育てる〟という流れがなければいけないし、そういう流れを作れば日本だってストライカーをもっともっと排出できるんです。

 日本の教育のトピックスとしてゆとり教育がありますが、実施をしてからの影響や効果を見て修正をしていますよね。今までと違うことをやれば、スポーツの場合、過程のどこかで競技成績が落ち込むこともあるかもしれないですが、その変化を恐れずにアプローチし続けなければいけない

 ある程度、大きな方針で〝こうしよう!〟と決める時に、デメリットとして出てきそうな問題をある程度予想しておいて、その範囲内であれば、そのまま続けるべきだと思う。もし予想以上にデメリットが大きい場合は修正しないといけないこともあるでしょう。まずは大きな方針が必要だと思う。
 大きな方針や戦略を変える時にはデメリットもありますから、そこをどの位飲み込んで実行できるかという事にかかっていると思うんですよね。戦略自体がフラフラしていたら、それに直面している真面目な人達は身がもたないですよ。

 これはあくまで私個人の意見ですけど、全ての事を私一人で出来る訳がない。でも私の意見としてはっきり主張していけば、それによって影響が出てくる部分もあるだろうから強く主張していくというか、意思を持ち続けることが、やっぱり必要なことだろうって思っています。

河谷のコメント:
 Plan(計画立案・検討)⇒Do(実施)⇒Check(評価)⇒Action(調整・改善)でPDCAサイクルという考えがありますが、これは色々な事に使用される考えですね。Planなくして実行もない。改善なくして、次の計画も無い。強いチーム作り、アスリートの育成のためには、何から改善することが必要なのかを変化を恐れずに積極的に考えていかなければいけないということですね。
 自分の意見をちゃんと発言できて、柔軟な対応ができるタフさが無いといけないのかもしれませんね。色々考えさせられるお話しです。

4.日本の土台を見直そう。タフさと食事。

 世界で通用する選手が日本から出てくるために、色々なことを基礎から1個ずつ積み上げていかないといけない。そして〝その土台は何なのか?〟ということの議論を指導陣で語っていかないといけないのではないでしょうか。そういうのをきちっと踏まえた上で積み上げていくべきでしょう。これはチームごとにやっていくことではなく、日本の指導陣皆で共通の土台を持って、それを子供達にきちんと伝えていかなくてはいけないと思う。

 上のレベルになって、色々な戦術的な組み合わせが必要になった時、臨機応変さが必要になることも当然あります。でもそれはナレッジ(知識・理解・認識・経験・情報)の部分で十分解決しますが、身体の鍛え方とか鍛えるための習慣・食事などを含めた基本となる部分の土台作りの過程がないといけないと思う。だから、その場で勝った負けたでは無いんです。この土台作りが今の日本がやるべき点じゃないかなって思うんです。


 前日に辛いこと・悲しいこと・嬉しいこと・眠れないほど悔しい事があったって、翌日は必ず来る。そして選手達はまたグラウンドに立たなければならない。嬉しすぎて、一晩中遊んじゃったなんてこともあるだろうけど、やっぱり翌日切り替えられる選手、あるいは自然とそうなっている選手は強いですし、そういう選手は前日何があっても必ず朝起きてきて、朝食を食べて対応できるというタフさがあるんですよね。

河谷のコメント:
 選手がよりタフであるために・チームがより強くなるために・日本が世界でさらに通用するプレーができるようになるために、食事から貢献出来ることがありそうですね。
 強い身体作りという観点以外にも別の視点からの勝てるアスリートの食事学がありそうだと感じました。

 私自身、栄養士という立場上、身体作りやコンディショニング調整という観点からアスリートの食事を考えることが多かったのですが、振り返ってみると食事の環境での振る舞いや食べ方とタフさに関連があるようにも感じます。

朝食をしっかり食べている選手は、性格的にタフである。
好き嫌いが少ない、もしくはあってもトライする選手は、人とあたり障りなく接することができる。
食事中に積極的にコミュニケーションをとる選手や面倒見の良い選手はタフである。

 全ての選手に当てはまるとわけではありませんし、しっかりとした根拠がある訳ではありませんが、日本から一人でも多く、世界に通用する選手が創出されると良いなと感じました。


河谷 彰子(かわたに あきこ)

株式会社レオックジャパン スポーツ事業担当 管理栄養士

〔経歴〕

1995年日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業

1997年筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻卒業

1997〜2006年3月株式会社タラソシステムジャパン入社
(海水中・陸上での運動指導や栄養カウンセリング、食サービスの提案を実施)

2006年4月〜株式会社レオック関東入社 同年9月にレオックジャパンに転籍
横浜FC栄養アドバイザー・横浜FCユース栄養アドバイザー
その他、YMCA社会体育専門学校にてアスレチックトレーナー育成講座『スポーツ栄養学』講師・慶応大学非常勤講師・さくら整形外科クリニックにて栄養相談などを行なう。

以下のコラムを担当しております。