トップアスリートに聞く食事学 Vol.23



2010/11/23




河谷 彰子

猪川 三一生(いのかわ みちお)

1955年3月1日生
北海道旭川市出身
トライアスロンの先駆者
日本航空株式会社勤務(1974〜2010 5月31日)。

1979年 6月 腰痛克服を目的に水泳を始める。(北海道出身の為、泳ぐことができなかった。)
1981年 12月 初マラソン完走(ホノルルマラソン 4hr06min)。
ハワイアイアンマントライアスロン参加を決意し、本格的に練習を始める。
1982年 8月 第1回湘南トライアスロン参加(7位)
1983年 7月 千歳マラソン(フルマラソン)参加(ベストタイム 2hr58min)。
8月 第2回皆生トライアスロン参加(11位)
10月 ハワイアイアンマントライアスロン世界大会完走。
(swim3.84km, bike180km, run42.195km 11hr55min08sec)
(1987-2002年ハワイアイアンマントライアスロン世界大会公認審判として参加。)
11月 JTRCジャパントライアスロンレーシングクラブ
(日本最初のトライアスロンクラブ)設立に参加。
1985年 4月 第1回全日本トライアスロン宮古島大会開催・運営に援助・指導を行なう。(日本航空特別協賛)
(1985-2010大会アドバイザー)
7月 日本トライアスロン連盟設立に参加。アドバイザー就任。
熊本県天草大会・宮城県仙台大会・岐阜県長良川大会・静岡県日本平大会の開催・運営に援助指導を行なう。
8月 第一回アイアンマンジャパン イン 琵琶湖 完走
(swim3.84km, bike180km, run42.195km)
1987-1990 アイアンマンジャパン イン琵琶湖の運営に援助指導・審判。
11月 プロトライアスロンチーム エトナ設立。チーム監督。
ATC 全日本トライアスロンクラブ設立に参加。
1986年 4月 第2回全日本トライアスロン宮古島大会 完走(9hr58min)。
腰痛が悪化した為水泳中心のトレーニングを続ける。
1998年 4月 日本航空 国際販売部 スポーツデスク 担当。
JOC加盟 競技団体の海外渡航援助・添乗。
(1998FIFA サッカーワールドカップフランス大会・1998バンコックアジア大会・2000シドニーオリンピック等)

 過酷な競技のトライアスロン。綿密に計画を立てながらトレーニングをしているのではないかと思いインタビューに向かいました。自然が相手のスポーツだけに、それ相応の準備や心構えが必要なのではないかと感じました。


1.全てが試行錯誤だったトライアスロン競技。


 
昔は野球とマラソンをやっていましたが、トライアスロンを始めようと思ったきっかけは…自分への挑戦なのかな〜。

 トライアスロンは、結構新しい競技なんです。
 ハワイの海兵隊員が酒の席で『オワフ島で行なわれている競技であるラフウォーター(水泳3.84km)と、自転車でオワフ島1周をする180kmの競技と、ホノルルマラソンの3つの中で、どれが一番過酷か?』と議論になって『じゃー全部一緒にやってみようじゃないか。』と言って始まったのがトライアスロンです。
 初めて開催されたのが1978年で、オワフ島で行なわれたアイアンマン・トライアスロン(水泳3.84km・自転車180km・フルマラソン)です。その時の参加人数は15人。その後、オワフ島ではスペースが狭いからとハワイ島で開催されるようになったんです。

 シドニーオリンピック(2000年)からトライアスロンは正式種目となり、オリンピックディスタンス(スイム1.5km・自転車40km・マラソン10kmのトータル51.5km)が出来たんです。全てを長い距離にしてしまうと、フルマラソンよりも過酷な競技となってしまいますからね。

 私が当時やっていたトライアスロンはクレイジートライアスロンと言って耐久レースだったんです。本当にクレイジーですよね。当初、制限時間がなかったので、日本人初のトライアスロンチャレンジャーは25時間位かかってゴールしたんです。
 このように始まったトライアスロンも、今では競技人口がドンドン増えています。気軽な気持ちで参加している方も増えているように思いますが…。

 自分への挑戦で始めたと言っても、正直どのようにトレーニングをして良いか全く分からなかったんです。大会にエントリーすると1週間前に“水泳は50km、自転車は500km、ラン100kmを練習しなさい”等と、どの位トレーニングをしたら良いかという情報が送られてきました。仕事をしながらのトレーニングでは、不可能な練習量でしたので不安がありました。それほど未知のスポーツだったということです。

 その資料から練習量の目安は分かるけど、日本では何十キロもも続けて自転車で練習できるようなコースが無いじゃないですか。だからあまり参考にならない情報だったんですよね。
 トレーニング方法が分からないなりにも富士山を1周したり、通勤(大井町〜羽田)に自転車を使ったりと試行錯誤しながら効率的なトレーニングをしていました。
 皇居30km(6周)のレースに出場した後、サイクルスポーツセンター(修善寺まで120km)で合宿があったので、自転車に乗って行ったなんてこともありましたよ。とにかく、参考となる情報が全くなかったんです。

 水泳は未経験だったので田町のスイミングセンターに通ったんです。午前中・午後・夜と1日ずっと泳いでいて、ライフガードが3交代する間ずっと泳いでいましたよ。その位やらないと完走できないんですよ。ある意味、切れていないと出来ない競技ですよ。

河谷のコメント:
 トライアスロンがこんなに新しい競技であることにも驚きですが、お酒の席で考えられた競技であったことにも、さらに驚きです。そんな競技がこんなにも続いていて、誰もが知っているスポーツになったということは凄い事だと感じます。まさに自分への挑戦という言葉がピッタリの競技のようにも感じます。

2.胃の中に固形物を入れることが、頑張る力を生み出す!

 今じゃ考えられませんが僕の学生時代は、トレーニング中は水を飲んではいけないという時代だった。きっとこれはデータを基にした発想ではなく、ただの根性論ですよね。
 トライアスロンが新しい競技だということもあって、さらに情報が無い。エネルギー補給方法に関しての情報もデータも何も無かった。運動中に何かを食べるなんて考えられなかった時代に、トライアスロンだけはレース中に何かを食べる唯一のスポーツだった位ですもん。だから選手時代、自分自身で色々試してみるしかなかったんですよ。
 一番問題になったのは食べる物とタイミング。どこで何を食べようかと、色々と試してみました。

 当時、発売され始めた携帯食を食べてみたりしたけど、やっぱりおにぎりが良いって結論に至りました。人間ってやっぱり食感と臭覚などの五感を使って食べることが大切なんじゃないかな。
 一方でゼリー等はメーカー側の言うように、当然栄養素が入っていて、吸収が良いということはあるだろうけど、それは食感的というか気持ち的に満足することができない。つまり食べた気がしないんですよね。水と同じ。また頑張ろうという力になっていくとは考えづらいんですよね。
 運動中に食べる物も、食べたなという気持ちを起こさせることが大切だと感じています。

 食べた物がすぐにエネルギーというよりも、食べたという気持ちを起こすことで、また頑張れる!元気になる!と感じるんじゃないかと実感するんだよね。だって30km地点でエネルギー補給としてアンパン1個食べてみたら、それまで動けなかったのが直ぐに改善されましたよ。それまで水ばっかり飲んでいて、胃の中に消化するものがないところへ、アンパンという固形物が胃の中に入ることで、胃が働き出したように感じるんですよね。

 持論としては、胃の中に固形物を入れて胃が動かないと血流が体中を巡らない。血液中の色々な物が動くことで、筋肉が呼び起こされていく。だから胃の中に固形物でないものでエネルギー補給しても、胃が動かないからエネルギーが十分に補給できなくなってしまって、長時間頑張る事ができないように感じるんだよね。勿論、食べ過ぎてはいけませんよ。

 もし僕がマラソンの選手のコーチでアドバイスするとしたら、30km地点でゼリーや水状のものでない固体のものでエネルギー補給をさせますよ。
 今までの概念と全く違う事をやらないと日本は勝てないんじゃないかな。だって、バレーのクイックとか、回転レシーブだってそうじゃない。鉄棒だったら月面宙返りだってそうでしょ。日本人には、そういう誰もやったことが無い事をやってみようという発想が今必要なんじゃない。

河谷のコメント:
 マラソンの30km地点におにぎり!面白いですね。
 下駄マラソン・スイカマラソンなど、ユニークなマラソン大会もありますが、おにぎりマラソン、もしくはライスボールマラソン!是非やってみたいですね。
 固形物が入らないと頑張れない!分かる気がします。噛むということが食欲を満たす点で大切なのか、胃を動かす事が大切なのか。いずれにせよ、食べて頑張ることができると体感できるもので、補給していただきたいところです。
 〝内臓が強い選手はスタミナがある。消化力がある選手はスタミナがある。〟と奥寺さんがおっしゃっていましたが(トップアスリートに聞く食事学Vol.3)、そこにも通じるお話しだと感じました。

3.自己満足の食事VS普段と変わらないリラックスの食事。

 トライアスロンにベジタリアンが流行った時期があるんです。それは世界でNO.1の人がそうだったから。私もハワイの大会前1年半ほど、ベジタリアン生活をしていたこともあるんです。あの頃はラーメン食べてもチャーシュー残してたんですよ。その食生活が良かったのかは分かりませんけど、レースが終わってオワフ島で〝すき焼き〟食べたら美味しかったなー。

 アメリカ人って究極な方法に引きづられやすい。日本人は外国人の方法を見て引きづられちゃうというか流されちゃうじゃない。でも、ベジタリアンが良い結果を産む必要な条件かな〜と思ったら、そうじゃないんじゃないかな〜と思うよ。
 僕の場合は、トライアスロンを完走する事ができたから良かったけど、ベジタリアンにしたお陰というのが全てじゃないと思うよ。究極な事をやるのは自己満足だと思うよ。
 信じるものは救われるじゃないけど、トレーニングに目標があるように、食事にもベジタリアンの食事をするという目標があり、それをやり遂げた時の自己満足感が自分を後押ししてくれる。食事はその位の位置づけに思っていた方が良いんじゃないかな。

 試合前は普段となるべく変わらない環境を整えておく事が大切ですよね。勝つために何をすべきかを分かっていない人がまだまだ多いですよね。
 熱海に住むようになって、妻と息子(現在中学2年生)の家族3人でゴルフを始めたんです。息子が大会で何回か優勝したことがきっかけで、本人の意向もあり本格的にゴルフを始めました。

 ここ数年の夏休み期間中、息子がフランスやアメリカでゴルフトーナメントに出場するのを家族でサポートしているんです。ちょっとした旅行も兼ねていますが、レンタカーを借りてロッジを借りるんですが、日本からはご飯を持って行ったり、その他の食材は現地で調達するんです。
 トーナメントに出場している他の人に聞いてみると、ホテルに泊まっていたりしますが、普段と違う食生活で頑張れるのかなーって思うんですよね。

理恵さん(奥様):

 海外だと食事の大切さをヒシヒシと感じますよね。まず時差の調整に。
 時差で疲れた胃には普段食べているものが一番良い。海外に滞在中に、もし外食をし続けていたら、きっと気力が持たないですよ。トレーニング後で疲れているのに、また食事をしに外出しなきゃいけないと思うだけで、疲れちゃいますよね。
 家のような環境で食事ができれば、リラックスもできるし良いですよね。


 そういう意味でも、試合のスタート台に立つ前に整えておく環境というのは、とっても大切ですよね。だからスタート台に立った時点で、試合は99%終わっているって思っているんです。

河谷のコメント:
 食事はリラックスであり、コンディショニングとして大切な部分だと痛感します。
 そして “食事もここまでやったんだから試合で十分実力を発揮することができる。”とアスリートの肩を後押しする1つの材料になり得るということも事実です。しかし食欲を押し殺すような極端な方法での食事状態・食環境は、なるべくであれば避けたいところです。
 猪川さんのご子息である頌生君は、今年の夏、日本ジュニアゴルフ協会派遣のエビアンマスターズジュニア大会 (フランスエビアン)に参加してフランスから成田に帰国してそのままアメリカ(ニューヨーク)遠征へ行かれたそうです。そして、アメリカではジュニアの国際大会(U.S.Kids Golf)に参加されたそうです。
 このように家族の手厚いサポート環境は、なかなか整える事はできないかもしれませんが、アスリートを支える家族やスタッフが、なるべく食事の環境を整えて上げられるようにしてあげることはできるかもしれません。
 そしてアスリート自身でも出来ることかもしれませんね。近藤愛選手の食事環境はそうでしたよね。(トップアスリートに聞く食事学Vol.15

4.スタート台に立った時点で、試合は99%終わっている。

 トライアスロンの試合に出場する人は、自己責任の下で参加しないといけない。自然環境から起こるハプニングはつきもの。そこを乗り越えるのもトライアスロンの面白さの一つ。
 水着だけで海を4km泳ぐというのは、一般の人なら本当に大変です。さらに自然相手ですから、波・海流の影響もあり何が起きるか分からない。だから昔はトライアスロンの大会に参加する人は皆トレーニングをしていましたよね。

 現在、ハワイの大会ではウエットスーツは不許可です。一方、日本の大会では安全のために許可している大会が多いんです。ウエットスーツがあれば泳げちゃいますから、十分に泳ぐ事が出来ない方でも出場してしまっているケースもあります。中にはウエットスーツのお腹の厚みを浮力が増すようにと10mmにしたりなんて人もいるんですよ。これが現実なんですよ。〝皆で出ちゃえば怖く無い〟って言うんですかね。何かが起きないと、怖さを感じる事ができないんでしょうかね。

 大会を運営する側として、この位の泳力は持っていて欲しいなどの規定はありますが、それに当てはまらない人(泳げない人)も出場してしまうのが今の現状。そういう人は、端的に言えばヒーローになりたいから出てしまっているのではないでしょうか。
 ただ日本では事故が起きた時、運営側の責任が問われる。しかし自分の命は自分で守る位の気持ちが欲しいですね。
 日本人は、危険予知能力・危機管理能力が低いのかもしれません。平和ボケか楽天家なのか…大会をお手伝いしていると、色々なケースを経験します。

 日本の場合は運営サイドも問題だけど、出場する側にも問題があるのです。出場する人は、ちゃんと練習してそれ相応の準備をして出場して欲しい。アメリカだったら、ちゃんとトレーニングをしていない人は絶対に大会に出場しませんよ。

 スタート台に立った時点で試合は99%が終わっているんです。だからレース前の準備が大切なんです。完璧に準備ができたという人は、なかなかいないと思いますけど、ここまで準備することができたという満足感がまず大切ですよね。

 トライアスロンは特に身体一つで自然相手に戦う訳ですから、事故だってあります。僕も何度も死にそうになった。トライアスロンの3種の内、特に自転車が無ければ皆さんにトライアスロンを勧めます。アメリカのように国土が広くて、あまり車が通らないような所で練習するなら良いですけど、日本の環境では自転車のトレーニングをするには本当に危ないんです。
 時速40キロ以上で走る自転車ですから、事故が起こると大事故になってしまう。残念ですが、華やかなトライアスロンの影で、多くの仲間が事故に遭っています。
 だから準備が試合の99%だって言うんです。トライアスロンの大会に出場する方には、それ相応の準備をして欲しいと伝えたい。

河谷のコメント:
 目標とする試合のために、体調を含め全てを整える。だからスタートラインに立つまでがまず大切ということですね。そこまでに、どこまで調整できるか。そのために何をするのか。
 参加することに意義があるという位置づけだと、トライアスロンはリスクが大きいですよね。
 大会アドバイザーでもある猪川さんにとっては、トライアスロンをファンスポーツとして軽く捉えている方々に訴えたい事なのではないかと感じました。


5.コーチのプロ意識と選手の人間性。

 日本のコーチは、もっと色々な事を見た方が良い。
 日本ではコーチ論が確立されていないように感じるんですよね。アメリカってコーチに対する様々な事が一つ一つ確立されているように感じます。理由の1つとして、職業として認められているからなのか、皆プロ意識が強いよね。そのあたりが日本のスポーツ界のベクトルが全然違う方向に向いてしまう原因じゃないかな。スポーツコーチのレベルは私が選手をしていた20年前とほぼ同じで、変わっていないようにさえ感じる。

 僕はゴルフを通じて、息子のアメリカ人コーチなんかを見て感じることは、日本人のコーチより人間的に出来ているということ。選手の人間性などの全体を見てマネージメントできる人のように感じる。
 選手時代はその競技だけを知っていれば良いけれど、コーチであれば競技を知っているだけではいけないでしょ。もう少し広い視野で見る事ができないと上手なコーチングができないと思いますよ。

 高い競技力を備えるためには、勿論選手の資質も重要だと思います。だけど選手だけでは解決出来ないことも多いじゃないですか。選手自身が見えない部分をカバーするのがコーチの役割でもあるので、コーチがもっと勉強していかないといけないんじゃないかな。

 日本の場合、選手をサポートする様々な方のステータスを確立してあげるべきなんです。つまり、職業としてコーチを確立させて、生活面を含めて保証してあげないといけないですよね。アスリートとしての競技人生を終えた後だって人生は続いているんだから、その部分の人間性を深めてコーチをして欲しいところです。

 企業側から見た観点で言うと、選手の前にヒトとしての人間性や発言に魅力があれば、商品価値につながると判断されるからスポンサーなどもついてくるんですよね。ゴルフだったら今は石川遼選手なんかがそうですよね。競技としての価値もありますが、それ以上の価値というのもあるってことをプロの選手には自覚して欲しいですよね。

 トレーニングについては、それぞれの国でスポーツの位置づけとか、生活背景が異なるから、それぞれの国でトレーニング論を確立すべきだと思うんです。今のコーチやトレーナーは〝これをやれ〟というように一方的に押し付けるでしょ。まず、そのアスリートの生活サイクルを見て、どのように・どこにトレーニングを当てはめるか、そしてどのような食事をすれば良いのかを見てあげないといけない。そういうプログラムを作ってあげるのが、コーチやトレーナーの役割になるんじゃないでしょうか。選手の生活パターンにあったアドバイス、そしてその理由付けまでを説明してアスリートを納得させて動かせるような、そこまで踏み込んだことをアドバイスしてあげるのがコーチやトレーナーの役割ではないでしょうか。

 アスリートをサポートするスタッフに恵まれているアスリートの方々は、自分から積極的に求めれば良いんです。恵まれた環境なのに求めないなんて、もったいないですよ。

 日本の選手は練習しすぎですよ。海外のコーチの中には“日本人は練習しすぎだ!”と指摘していらっしゃる方もいらっしゃいます。アメリカなどは、メンタル面等の様々なサポートをする方がちゃんといますよね。そういう部分のサポートをしてあげれば、練習のしすぎを防げるんじゃないでしょうか。
 練習量にも限界がある。特に技術面が大切になる競技にはメンタル面が非常に大事になると思うんですよね。たくさん練習することで強化していると思っているけど、それでは上達はしない。怪我ばかりが多くなってしまうことだってある。そうならないためにも精神力を高めるためのコーチングが大切ですよね。

 当然練習も大切ですけど、練習の理論付けも含めて選手本人が理解してやらないといけませんよね。心肺機能を高めるために練習はある程度大切ですよ。でも長時間のトレーニングをすればするほど、故障も多くなってきてしまいますよ。故障しないように、そこで食事面も重要になってきまよね。

河谷のコメント:
 言われた事だけを信じて実行するのも、一つの方法。でも、そうは行かないのが現実。アドバイスする側としては、アドバイスのタイミングを見計らうことも大切ですし、聞く耳を持ってもらうよう仕向ける仕掛けも大切だと感じます。メンタル面のサポートは、日本ではまだまだこれからの分野ですよね。栄養士としての役割としては、カウンセリング術が今求められていると感じています。

6.大会運営サイドの問題。

 遼君の影響で、ここ3〜4年は小さい頃からゴルフを始めている子供もここ最近急激に増えてきています。ゴルフはルールがしっかりあるスポーツだから、子供達にもしっかり教えてあげないといけない。ただ、その辺りが日本はまだまだ徹底されていないように感じます。ゴルフは自己申告のスポーツだけに、スコアをごまかしたりと不正が絶えなくって。親がプレッシャーをかけるからか、余計にそういうことが耐えないんですよね。考えられないことが起こりますよ。

 アメリカはこういうことを考慮してか親がキャディーとして一緒に参加するので、親子でルールを勉強していますよ。しかも日本は夏の炎天下だろうがゴルフバックを担がせて廻らせちゃうなんてことを当たり前のようにさせてしまうこともある。なんだか根性論が抜け切れないんですよね。
 こうなる背景には、大会運営サイドに色々な事が起こるだろうという予測をしていないからだと思うんです。日本の弱点ですね。

 僕はボランティアスタッフとして海外の大会をお手伝いしたこともありますが、海外の運営スタイルを見て、イベントをしっかり運営できるかが日本と海外の大きな違いだと感じます。
 日本の大会は運営マニュアルが出来て終わり。マニュアルが見直されることも少ないし、マニュアル通りに運営されている大会なんてない。

 各ディレクターの方々がしっかりしていれば、ちゃんと見直しがされるんでしょうけど、日本はピラミッド式の組織になってしまっているので、現場から変えようとしても上まで行かないんですよね。海外は全て横でつながっていて各ディレクターがそれぞれ権限を持って一任されている。上手に運営できなかったら、ディレクターは変えられてしまいますよ。ある意味、海外はシンプルな組織で、各部署が権限を任せられて機能しているんですよね。フットワーク軽く、悪い所はすぐに改善されていますよ。

 日本は大会を運営する上で、各官庁の許可や警察の許可をとらないといけなかったり、色々な規制があってクリアしなくてはいけない事が多いんです。アメリカはお金を出せばポリスも大会警備に参加してくれる。アメリカはお金で解決できるんですけど、日本は解決できないんですよね。

 色々な大会の運営を見たら良いんじゃないかな。トライアスロンであれば宮古島のトライアスロンもあるけど、一度ハワイの文化的な観点からアイアンマンを見て欲しいですね。
 大会の楽しませ方も海外は上手ですよね。

頌生君(息子):
 日本だと競技委員の人が怖くて、試合前に緊張してしまいやすいんですけど、アメリカだと何とかして選手をリラックスさせようとしてくれるんです。言葉は分からなくても、笑わせてくれるんです。


 日本だと競技委員は上の方にいるけど、海外では下の方まで降りてきてくれるんですよね。子供達に対して『お酒は飲んじゃ駄目だよ。』なんてジョークを言ってくれて、それだけでその場がなごむじゃないですか。

 コーチも同じ。選手は怖い人の前では『ハイ!』と言っていても、その人がいなくなった時には、だいたいちゃんとやらないんですよね。息子にも『先生が怖いからやるんじゃないんだよ。先生がいなくてもちゃんとやるんだよ。』って言うんですよね。日本の教育に共通する点ですよね。だから最近の子どもは変な意味で空気を読む力があるというか、利口なんですよね。『この人、怖いから大人しくしていよう。』という感じになる。もう少し自由にさせてあげないと伸びる所が伸びないですよね。

河谷のコメント:
 以前、ドイツの病院で、子供達を集めてリハビリをするというプログラムを見学したことがあります。子供達を集合させるために、ギターを持った男性が楽しい歌を歌って子供達の注目を集めて、上手に集合させていました。
 日本だったら、先生が笛を吹いたり大きな声を出して『早く、集まれ!静かに!!』と言うんだろうな…と感じたことをお話しを伺っていて思い出しました。
 真面目に…も良いですが、楽しく・楽しんで…というスタンスを忘れたくないなと思います。

7.日本のスポーツ界。


 
選手を頂点として、選手をサポートする全てのスタッフを金銭面含め、コーチングなどを確立していければ、もっとレベルの高い競技を実施することができるんじゃないかと思う。今の日本のシステムは、そこまでお金が下りてこないんでしょうね。

 サッカーなんかは、海外からの色々な事や情報を取り入れようとしているじゃないですか。そういうところが、ある程度上手く行っている部分なんじゃないかなって思うんですよね。だから色々な競技の方も、外に行って色々な事を見ていかないといけないんじゃないかな。

 だいぶ海外に目を向けている方もいらっしゃいますけど、海外から仕入れた情報を日本で広めようと思っても、なかなか日本人って受け入れようする雰囲気が無いんですよね。良い物を持ち帰っても受け入れる気質じゃないでしょ。競技団体の上のレベルだとすんなり行くけど、末端の現場レベルだとなかなか難しいですね。そして、それが予算化されないし。
 教えた選手が優秀な実績を残して、そこからコーチが物を言えるという雰囲気では、何年経てば良いんでしょうって感じですよね。日本は海外をもっと見るべきですよね。

 選手としての経験と、企業側から見て感じたスポーツ界。そして、頌生君を通じて知ったコーチの現実。様々な角度からお話しいただきました。皆がやっているから正しいこともあるし、皆がやっていても正しくないこともある。まずは視野を広げて情報を集め、自分に合った方法を探る。それには選手のみならず、周りのサポートもとっても大切だとお話しいただきました。
 どのような環境を整えたら良いのか、整えていくべきなのかということを、再度見直してみたいと感じるお話しでした。

 猪川さん、ありがとうございました。そして奥様の理恵さん、ご子息の頌生君、ありがとうございました。


河谷 彰子(かわたに あきこ)

株式会社レオックジャパン スポーツ事業担当 管理栄養士

〔経歴〕

1995年日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業

1997年筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻卒業

1997〜2006年3月株式会社タラソシステムジャパン入社
(海水中・陸上での運動指導や栄養カウンセリング、食サービスの提案を実施)

2006年4月〜株式会社レオック関東入社 同年9月にレオックジャパンに転籍
横浜FC栄養アドバイザー・横浜FCユース栄養アドバイザー
その他、YMCA社会体育専門学校にてアスレチックトレーナー育成講座『スポーツ栄養学』講師・慶応大学非常勤講師・さくら整形外科クリニックにて栄養相談などを行なう。

以下のコラムを担当しております。