トップレフリーの養成が急務
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国際舞台での競技力を高めるには、代表選手が所属する各チームの強化とともに、こうしたチームの活躍の舞台である国内リーグの健全な運営が不可欠となる。しかし、それだけでは不十分だ。選手やチームの技術、戦術は質の高い実戦を経験することで磨かれ、向上するが、そのためには試合を司る審判にも相応の高いレベルが求められる。
9月7日から10月20日までラグビーのワールドカップ・フランス大会が開かれている。日本は第1回から今回まで6大会連続出場を果たしているが、残念ながら、大会を担当する12人のレフェリー、13人のタッチジャッジの中に日本人はいない。この25人のうち24人は、強豪と評価される欧州のシックス・ネーションズと南半球のトライ・ネーションズの計9カ国・地域から出ている。強豪国(地域)だからワールドカップにレフェリーを送り出せるのか、あるいはレベルの高いレフェリーがいるから競技力が高いのか--。鶏が先か卵が先か、のような話だが、残る1人が開幕戦で開催国のフランスを破ったアルゼンチンからということを見れば、やはり、レフェリーと代表チームのレベルの間に因果関係があるのは明らかだ。
日本ラグビー界では2003年に「ジャパンラグビートップリーグ」が始まり、運営形態こそ企業チームによるアマチュアリーグだが、指導の現場では専門化、専従化という意味でのプロフェッショナリズムが急速に浸透している。
外国人選手はもちろん、日本人選手の中にも契約社員という形態のプロ選手を認める企業が増えてきた。原則社員選手のチームもシーズン中は就業時間を短縮して練習や回復に充てられるようになっている。
また、指導者もサントリーの清宮克幸監督は早大監督を辞して古巣に戻る際、あえてサントリーを退社してプロ指導者として再スタート。他のチームの社員監督もラグビー専従の立場で一日をフルにラグビーに没頭できる環境にある場合がほとんだ。
日本代表を率いてワールドカップを戦っているジョン・カーワンヘッドコーチは、前回ワールドカップではイタリア代表監督として2勝を挙げた実績がある。この元ニュージーランド代表の英雄は日本代表ヘッドコーチ就任までは、アドバイザーの立場でNECの指導に関わっていた。また、サントリーのアドバイザーを長く務めているエディー・ジョーンズ氏も前回ワールドカップ決勝で延長戦に入る大激戦の末惜しくも準優勝に終わった時のオーストラリア代表監督。今回は優勝候補の一角、南アフリカ代表のアドバイザーに就任している。
より多くの時間をラグビーにかけられるようになった選手の技術やフィットネスは飛躍的に向上した。さらに、各チームは外国人指導者や強豪国の代表経験がある外国人選手を通じて、世界の舞台で通用する技術や戦術を取り入れている。また、昨シーズン、マイクロソフトカップ決勝でトップリーグ覇者の座を争った東芝とサントリーがワールドカップ開催のためにトップリーグ開幕が例年より遅れた期間を利用してフランス遠征を行うなど海外進出も進んでいる。
一方、こうした選手、チームが戦う試合を捌く立場のレフェリーをみてみると、トップクラスでプロは平林泰三レフェリーの1人だけ。教員など他に本業を持ちながら「余暇」の時間にレフェリーを務めている人ばかりだ。これでは、フィットネス一つとっても選手の進歩に追いつきようがない。国際経験を積みたくても、仕事を持つ身には長期の海外派遣など夢のまた夢だ。
さらに、チームが招聘している世界トップクラスの外国人指導者に見合うような人材を日本ラグビー協会がレフェリー育成のために呼んでいるかというと、そういう動きはまったくない。前会長の故町井徹郎氏や現副会長兼専務理事の真下昇氏は共に現役時代は名の知れたレフェリー。協会幹部にレフェリー出身者がいるわりに、レフェリーの育成や地位向上への動きが鈍いのは日本ラグビー界を取り巻く多くの不思議の一つだ。
南アフリカ共和国ではワールドカップの歴史の中で唯一決勝の笛を2度(1999年と2003年)吹いているアンドレ・ワトソン氏の自伝が出版されている。ラグビーが国技の南アとは比べようもないが、レフェリーが果たす役割の重要性にもっと人々の目が行くような環境をつくる必要がある。
9月にケンブリッジ大を招いて行われた日英大学対抗戦。今年で10年目となったこの大会では、日本人レフェリーのルール解釈と適用について英国側選手、チームが戸惑い、時にいらだつというのが恒例となっている。現在のラグビーのレベルからみれば、ケンブリッジ大やオックスフォード大のルール解釈の方が正しいとは必ずしも言えないが、ラグビーの場合、同じ競技規則でも解釈、適用には大きな幅が生まれうる。だからこそ、世界基準の解釈、適用を正しく試合に反映させるレフェリングが求められるが、その世界基準を体感できる機会をほとんど与えられていないのが日本のレフェリーだ。
非常に限られた環境で努力しているレフェリー各位には頭が下がる。「アカデミー」制を始めたり、定年制による新旧交代を促進したりして若手レフェリーの育成にも取り組んでいるが、レフェリーを取り巻く環境自体が変わらなければ、若手でもベテランでも、選手、チームとの差は開くばかりだ。
技術を高めるためにも、国際経験を積むためにも、トップレフェリーのフルタイム化は必須だろう。第一歩としては、海外の協会の多くが実施しているように、試合以外の日はレフェリー指導プログラムの制作や普及活動などにあたる協会職員として雇用する形態が考えられる。
近い将来、試合後に「エディー(・ジョーンズ氏)はあのプレーはOKと言っていたが」と確認にきた清宮監督に、「いや、この間、シックス・ネーションズの試合を一緒に担当した時、(ニュージーランドのトップレフェリー)ポール・ホーニスはダメと言っていたよ」と自信をもって言い返せるレフェリーが育っていることを願っている。