五輪だのみからの脱却を

山口 大介

やまぐち だいすけ

1973年8月、東京都生まれ。97年、日本経済新聞社入社。大阪経済部を経て、2001年より運動部。柔道、ボクシング、相撲の格闘技のほか、サッカー、陸上など担当。04年アテネ五輪、06年ドイツW杯を取材。高校時代はハンドボール部。


 バレーボールのワールドカップ(W杯)を取材している。終盤まで北京五輪出場権の可能性を残した全日本女子の戦いを見ながら、大会前に聞いた日本協会幹部の言葉を思い出した。「とにかく頑張ってもらわないと。今季のVリーグもかかっているのだから」


 男女合わせて1カ月に及ぶW杯の余熱の大きさが、12月に開幕するVリーグの観客動員にも影響するという。主将の竹下佳江をはじめ、海外で一時期プレーした高橋みゆき(イタリア)と佐野優子(フランス)も復帰。高校生の河合由貴を除く代表11人が所属するのだから、W杯景気を期待したくなる気持ちは分かる。


 実際、これまでもそうだった。Vリーグの平均入場者数を見てみると、W杯後のシーズン、つまり五輪前年のシーズンははね上がっている。栗原恵、大山加奈の「メグ・カナ」人気に沸いた4年前は前季の2413人から2953人にアップ。8年前も2375人から3094人に増えた。男子もほぼ同じ具合だ。


 問題はその後にある。五輪後のシーズンはことごとく前季から入場者数を減らしている。五輪の熱気が冷めるとファンもすーっと引いてしまう。テレビの全面バックアップで「にわかファン」が多いと思われるバレー界ほどではないにしても、こうした「五輪頼み」の空気は日本のボールゲーム全体にいえることなのではないか。


 世界を見渡しても、日本人ほど五輪好きな国民もまれであり、野球とサッカー以外は決してメジャーといえない日本の球技にとって、五輪は人気浮上の手っ取り早いアイテムに違いない。ただ、それは期間サイクルで訪れるブームであって、スポーツが文化として根付いているわけではない。五輪の切れ目が縁の切れ目というのでは各リーグやチームにとって経営上も危険だ。北京五輪では男子バスケットボールと男子ハンドボールが既に予選落ちが決まった。それぞれの女子もまだ出場権を取れていない。「日本は弱くなった」という先人たちの嘆きは間違っていないかもしれないが、東欧各国の分離独立で競争相手は増え、プロ化や欧州リーグの誕生でレベルは急激に上がった。球技全般において、五輪出場は以前よりはるかに高いハードルなのだ。

 
日本はここ10年余りで企業スポーツの枠組みが大きく揺らぎ、クラブチーム(プロチーム)が珍しい存在でなくなった。自立が求められる彼らの目指すべきは結局のところ、「地域密着」「エンターテインメント」の志向をひたすら追究することに尽きるだろうし、それがリーグやクラブの一番の活力であるべきだろう。代表チームの成績はあくまで外的要因でなければいけない。実際、そうした変化が目に見える形で起き始めている。

 
例えば、日本代表バブルがはじけつつあるサッカー。代表がアジアカップ3連覇を逃がし、6月の親善試合では観客数が3万人を割るまで落ち込む一方、浦和レッズは今季、主催試合の観客動員の100万人突破が確実となっている(平均4万5000人超)。独自のルールを採用し、面白いゲームの提供に努めるバスケットのbjリーグは発足2年目の昨季、平均2486人(前季比20%増)を集め、今季もここまで3110人と健闘している。日本協会の管轄でないbjは代表選手を出せないのだから、純粋にリーグが支持されていると考えていいのだろう。正確なデータがないため単純比較はできないが、約2000人超という協会傘下のJBL(日本リーグ)とも互角以上だ。


 来年8月、いくつの日本代表チームが北京の地を踏んでいるかは分からない。ただ、五輪の後もリーグもクラブも続いていく。「五輪幻想」からの卒業こそ、スポーツやクラブといった概念が真に根付く一歩となるのではないか。