サッカーJリーグ

2014-7-29

福島の子供を日本一元気にする! (後編)

 日本トップリーグ連携機構が各地の「ボールゲームフェスタ」で行っている子供のための運動能力向上プログラム「ボールであそぼう!」を、当機構とともに開発したのが山梨大学大学院教育学研究科の中村和彦教授です。中村教授は東日本大震災直後の2011年夏から福島県郡山市で子どもたちの心と身体をケアするプロジェクトに携わっていらっしゃいます。

 前編に引き続き、後編では、中村教授が子供たちの動きの研究をするようになったきっかけ、被災地福島への思いを伺いました。

Q : 中村教授が子供を対象とした「動き」の研究を始めたきっかけについて教えて頂けますか?

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「 宮丸凱史先生(元筑波大学体育科学系教授)の研究が面白いと思ったからです。こうした分野の研究者というのは生理学やバイオメカニクスのように、数値で論文を書くんですが、私の場合は結果よりも、どんな動きがあったからその結果が出たのか、そちらに興味がありました。例えば、指導者が体育を教える時に『遠くに投げなさい』というのはおかしいでしょう。『投げる時に身体をひねりなさい』とか『大きく使いなさい』とか、そういった動きを教えることが大事だと思っています。ところが『腕を大きく上げた』『脚を高く上げた』、それが本当にタイムを上げる理由になったのかということに興味や関心を持っている指導者は少ないです。教師や保育士さんが、動きという観点で子供を見る目を養うべきだと思います

Q : 欧米ではそうした研究は盛んですか?

「 欧米にも同じ研究をしている人たちはいますが、研究全体からするとそんなに大きな分野ではないですね。最近増えて来てはいますが、いわゆる数量的なものではなく、質的な研究ですからね。科学者や研究者は客観的にものが見えないと嫌がりますが、私の研究は観察的なものです。より厳密に数量的な研究をしている人からすればアバウトすぎる、と。

 でも研究が何たるか、分野によって何を求めるかによって、みんな違うわけです。論文のために数字を出せと言われますが、私は論文を書くために研究しているわけではありませんから。子供たちが良い動きができて、運動を好きになる、将来的にも運動やスポーツができるようにしたいだけです」

Q : それが優秀なアスリートを作ることにもつながるわけですね。

「 もちろんそれもあります。例えば、2〜3歳から色々なスポーツをさせて、芽が出なかったら『うちの子はダメ』と親が判断して、子供がまだ幼稚園児なのに辞めさせてしまうことがありますが、そんなやり方では、子供が運動嫌いになるのは当たり前です。早くからスポーツをさせて一つに絞って徹底的にトレーニングすればトップに行くことができる、それが子供のためにいいことだ、という考え方は間違っていると私は思います。2020東京オリンピックが決まった時、メディアがこぞってジュニアチームや体操教室に行って子供たちを取材して、『オリンピックに出ます。メダル取ります』と言わせていましたよね。あんな報道はどの国にもない、とイギリスやフランスの仲間たちも言っていました。

 オリンピックは何のためにやるのかと言えば、ムーブメントを作るためです。オリンピックを目指して様々な仕組ができることに意味があるんです。でも、一握りのトップだけに集中するのではなく、一般の人々もその運動をすることができる仕組を作ろうという人がなかなかいない。メダルを取ることだけでスポーツが盛んになる、という考えには何の根拠もないんですが、みんなそう思い込んでしまっています。運動ができる仕組を作る、施設を作る、運動のやり方を伝えられるプレイリーダーを育成する、それが本当のオリンピックムーブメントだと私は思います」

Q : 中村教授が研究を始められてから30年ほど経っていますが、スポーツの世界は変わったと思われますか?

「根本的に、スポーツ=競技スポーツだという考え方は変わっていません。競技スポーツが盛んになればスポーツが普及できるという考えを持つ方々とよく議論するんですが、私はトップのアスリートを発掘して鍛えたところで、スポーツが広がるとは考えていません。勝敗の笛を吹くのではなく、ドイツやオーストラリアのように緩やかなスポーツがたくさんあり、そうしたスポーツをする人口が増えていき、その中から、もっと本格的にやりたいという人が増えて行くものなのだと思います。

 競技スポーツは確かに目立ちますが、それ以上に面白く楽しくやるスポーツがあるんです。ドイツでは中高年の人たちが低いネットのバレーボールに2、3時間興じていたりして、それが普通なんですね。それに日本では親が子供にユニフォームもギアも与えてやらせることを楽しんでいますが、そんな国はないですよ。みな普段着でやっている。ユニフォームや本格的なギアに憧れることが重要なんです。子供には『ボールであそぼう!』のようなものが大事だと私は思いますが、これがベストというものはありません。子供の発達の段階でよりいいものは何かという取り組みをすすめていくことが必要です」

Q : 具体的な取り組みはありますか?

「最近は文部科学省も、学校での運動実施率を上げるために、競技部とは別に緩やかなスポーツをする部を作ろうという考えがあるので、それを推そうとしているところです。これまでのように、運動部、文化部、帰宅部という分け方をして当たり前と思っていてはダメです。運動部にいるけれど音楽もやる、美術部にいるけれどサッカーをやる、そんな風にやりたいことをやればいいのですが、それを認めない空気がまだあります。先生たちのリテラシーが高まるように、色々な方に勉強してもらう機会を提供するしかないです」

Q : 最後に、被災地福島への思いがあれば教えて頂けますか?

「私たちがいつも最後に掲げているのは、『10年後に福島の子供たちが日本一元気になる』こと。それをみた日本中の子供たちが元気になるというのが目標ですから、それに向けて頑張って行きます。被災地の人々が諦めてしまわないように、色々な手だてをしていきたいし、できる限り理解者を増やしたいです。放射線量の影響については、個人差もありますし、専門家も正解はわかりません。福島以外の地に子供を連れて行って外遊びをさせる『保養』の活動もありますが、日常の中で、室内でも色々な遊びができる、外でもできる、といった状況を作り、バックアップしていくために私たちの組織があるわけです。

 郡山市の取り組みは先駆的ですが、他の地域や組織はそれをただ真似るのではなく、独特の仕組を作ればいいんです。理解者や様々な人々がお互いに連携を作る事が一番大事です。一元的ではないし、これが一番いいなんてこともない。私たちがやっている動きのトレーニングも、決して子供向けの『商品』などではありませんしね。子供たちをどう育てるか、きちんと全体を通して考えた上で、ネットワークを作って広めて行くことが大切なんです。『ボールであそぼう!』も、今後は拠点地域を作って定期的に実施する仕組がほしいですね」(完)

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郡山市ニコニコこども館には食品の放射能の測定施設がある
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☆中村和彦教授 プロフィール