日本トップリーグ連携機構(JTL)審判プロジェクト 審判員活動PR企画【第1回】
JTL審判プロジェクトでは、これまでに審判長会議や審判研修会の開催、関係省庁への働きかけなどを通じて審判員の方々の課題解決に取り組んできました。
現在も各競技で多くの審判員が活動していますが、昨今判定の正確性やそれに伴う審判員の重圧が大きくなる中、その環境面、待遇面などでは改善の余地が多く残されているのが現状でその実態はあまり知られているとは言えません。そこでJTLに加盟する各リーグの第一線で活躍する審判員の方にインタビューし、皆様のストーリーをご紹介する月1回の連載企画を始めることにしました。
一人でも多くの方にお読み頂ければ幸いです。
審判員インタビュー 第1回
聞き手:備前嘉文(JTL審判プロジェクトメンバー、國學院大學准教授)
――本日は、どうぞよろしくお願いします。
江下:お願いします。
偶然始めた審判活動から面白さにはまる
――まず、江下さんがバレーボールの審判を始めたきっかけを教えていただけますでしょうか?
江下:両親がバレーボールをしていたことから、私自身も小学校から大学までバレーボールを続けていました。そして、大学を卒業する時に先輩たちとサークルをつくったのですが、当時大阪のクラブ連盟では、チームを登録するにあたり各チームに審判担当者を置く必要があり、たまたまその役割を私が引き受けたことが始まりです。そのような始まりなので、今まで活動を続けていることは私自身もすごく驚いています。
――たまたま審判を始められたということですが、そこから国際審判やV.LEAGUEとトップレベルに進まれた経緯をお教えいただけますでしょうか?
江下:私自身、バレーボールは好きだったのですが、プレーの方はあまり上手ではありませんでした。そして、いざ審判を始めてみると「このようなバレーボールとの関わり方があるのか、これなら長くバレーボールに携われる」という新たな発見がありました。それから大阪のクラブ連盟の方から主事をやらないか?とお誘いをいただき、最初は技術も伴わない中で怒られ、先輩たちに可愛がられたりしながら、どんどん審判の深みにはまりました(笑)。そして、大阪からA級、そして日本協会の仕事と徐々にステップアップしていきました。
働きながら国際審判に……
――日常生活について教えていただきたいのですが、江下さんは、普段どのようなお仕事をされているのですか?
江下:私は現在、小学校の校長をしています。大学を卒業して教師になり、教育委員会にも勤め指導主事をさせてもらい、教頭を経て、今校長になって3年になります。小学校は担任制なので、やはり毎日忙しいですね。今は校長なので、保護者の対応や他の先生のサポートなど、私個人の都合だけではどうにもならないこともたくさんありますね。
――審判を始められた時からずっと忙しかったですか?
江下:私は結婚をした年に審判を始めたのですが、平日は教師、週末は審判でいろいろなところを飛び回っていたのでずっと家におらず、子どもが小さいころはどこにも連れて行ってやれず、家族からは「私の家は母子家庭だ」とずっと言われていました……。今は子どもたちも大きくなりましたが、審判していることには理解してくれていたようで、やはり家族に対する感謝はあります(大きいです)よね。
――国際審判になるにあたっても大変なことはありましたか?
江下:私は小学校の教諭の時に国際審判になったのですが、バレーでは国際審判になるにあたって国際連盟の講習を受けなければいけません。私が受講予定だった時にちょうど当時担任をしていた学校がとても大変な年だったので、校長から「どうしてもその期間は講習に出すことは出来ない」と言われ、ドタキャンしたことがありました。通常であれば、国際連盟の講習をキャンセルするとペナルティーがあるのですが、当時の校長が3枚ぐらいのわび状を書いてくれて、その甲斐もあってか、次の受講の機会をいただけました。そして、その次の年から2年間、当時の校長が担任ではない期間をつくってくれたので、その期間で講習を受けて国際審判になることが出来ました。
――やはりキャリアが上がっていくごとに審判の活動を続けるのは難しくなるのでしょうか?
江下:やはり管理職になると忙しくなり、審判の活動を続けるのは難しくなりますね。しかし、私自身はそれでも『審判は続けよう』と強く思っていました。幸い私の周りにはサポートしてくれる人が多くいたので、ここまで続けることが出来ました。特に、私は小学校の体育の研究部だったのですが、先輩や同僚の人たちは「絶対に続けなければいけない!」と多くの人が背中を押してくれましたね。
まずは本務で認められることが何よりも大切
――当時の校長や仲間からの理解があったとお話されましたが、仕事と審判活動を両立するうえで、どのようなことが大切だと思われますか?
江下:そうですね、やはり上司や周りの理解は大切ですよね。しかし、それは自分で作り出していかなければならないものだと思います。上司との関係や仲間からの信頼を得るためには、やはり本務ですよね。日常の仕事を一所懸命やり、いかにきちっとすることで、審判の活動も認めてもらえるのではないかと思います。それは、家族に対しても同じですよね。今は日本協会で指導部長も務めさせてもらっているのですが、それは若い審判の人たちにも伝えていかなければと思っています。
――審判活動に対する理解はここ数年で変わりましたか?
江下:私は公務員なので、やはり公務員としての見られ方というものはありますよね。例えば、謝金をもらうとなると「公務員が副業をしてもいいのか?」など言われたりすることも実際にあります。私自身はお金が目的ではなく、審判の活動は私の中で自己形成が大きなウェートを占めているのですが、前例が少ないのでなかなか理解してもらうのは難しいことも正直ありますね。一方で、審判活動に対する責任も年々増しているので、審判全体のことを考えた時、V.LEAGUEでも本当に今の審判の待遇(ステータス)のままでいいのか?というのはあります。待遇をよくすることで、審判になりたいと思う人が増えたり、トップリーグの審判としての自覚も生まれてくるのかなとも思います。
――今、若いこれからの審判を育成していく立場でもあると思うのですが、次の世代の審判を育成するにあたって大変なことはありますか?
江下:審判はすべて個人の資格なんですよね。例えば、講習を受けるにしても費用はすべて自費になります。また、昔はそれぞれの国から国際審判を直接推薦出来たのですが、今はバレーボールでは国際審判になるにはまずアジア連盟の審判にならないといけません。昔に比べて国際審判になるには時間もかかるので、金銭的なことや時間の面でも若い人、特に結婚をしている人には大きな負担になっていると思います。これから日本協会やリーグが育成に関してどのようにサポートしていくかは課題だと思います。あとは、国際化が進む中で、チャレンジ(ビデオ判定)も導入されたので、英語でのコミュニケーションの重要性を感じますね。日本のバレーボールでも、Eスクールと言ってバレーボールに関連する英語力の向上にも取り組んでいます。
――バレーボールでは女性の審判は多いのですか?
江下:バレーボールでも女性の審判の育成は大きな課題です。今現在、日本の国際審判も8人いるのですが、やはり結婚をして、子どもを出産されると審判活動を辞めてしまう人も多くいます。家庭の理解などもあるとは思いますが、続けてもらうためには個人の努力だけではなく、例えば試合の会場に子どもを連れて来れるような託児施設を設けるなどの取り組みも必要になるのではと思います。
表舞台に立てる幸せ
――今まで審判をやっていてよかったと思うことや、江下さんにとって審判のやりがいはどのようなことですか?
江下:やはり気持ちよく試合が終わった時ですね。勝ったチームも、負けたチームも、そしてお客さんの誰もが納得したゲームができた時はこれほど気持ちのいいことはなくて、それがやりがいだと思いますね。あくまで試合は選手が中心なので、審判はあまり目立たなくていいと思っていますが、試合中に選手とよくコミュニケーションが取れて、うまくコントロールできた時は嬉しいですよね。試合を運営するにあたっては、ラインを引いたり、ネットを張ったりといろいろな競技役員の方がいる中で、表舞台に立つのは審判だけですから、そう考えるととてもありがたい役割ですよね。
――審判をやっていたことで日常生活に活かされていることはありますか?
江下:瞬時の判断力ですよね。審判をやっていなかったら、今のようには何事も決断出来ていないと思います。日常生活でもあまり困らないので、そこはバレーボールをやっていてよかったと思います。
――逆に審判活動をしていて苦労されたことはありますか?
江下:試合で笛を吹いている時の苦労は、やはりミスをした時ですよね……。選手は毎日一生懸命練習をしているので、私たちも仕事がある中でいかに審判のレベルを上げることが出来るかですよね。自分自身の能力に自信が持てないと、試合中選手に毅然とした態度が取れないですよね。下手な時は自分の判断で選手のリズムを崩してしまうこともあったので、今はそうならないように心掛けています。
――日頃から審判の技術を高める取り組みは何かされていましたか?
江下:実際に試合で吹くことは難しくても、他の審判の人の映像を見たり、いろいろな方たちとディスカッションはしていましたね。審判の技術が落ちれば、選手のプレーの技術もおのずと落ちていくと考えています。審判の技術を高めることが、バレーボールが面白くなるといっても過言ではありません。一人の技術向上ではそこは望めないので、みんなで技術向上できるようにすることが大切だと考えています。
テクノロジーに頼ってばかりでは審判の技術は停滞する……
――最近いろいろな競技でビデオ判定などが導入されていますが、テクノロジーの活用についてどのように思われますか?
江下:バレーボールでもチャレンジ(ビデオ判定)が取り入れられて4年になります。当初はやはり、誤審と結びつくイメージがあったので、私も否定的な感情がありました。私自身「チャレンジ」のコールが出た瞬間は、ミスしたか……と落ち込んだものです。しかし、4年間やってみてチームも審判も慣れてきたというか、いい面も見えてきたので、活用することに対しても意識は変わってきたと思います。
――バレーボールでテクノロジーを活用することによって、実際にどのような効果が期待できるのですか?
江下:やはり、まずは人為的なミスを防げるということですね。もしミスがあった場合は明らかになるので、審判にとっては心理的には辛い面もあるのですが、正しい判定になることでチームにとってのストレスが軽減されます。また、審判も日頃から正しい判定をしようと努力はしていますが、人間の目では判断できないことも実際にはあります。
――やはり判定が難しい場面もあるのですね。
江下:あります、あります。例えば、ブロックタッチで選手の爪の先にボールが当たったか?などは、いくら頑張っても見える限界があります。また、もちろん審判だけではなく、チームも間違えることがあって、チームが絶対インしていると主張しても実際はアウトであったり、ボールに当たった感触があったのに本当は当たっていなかったなどもあります。テクノロジーを活用することによってそのような感覚のずれが正され、チームも審判もすっきりとした気持ちで臨めるので、私はとても有意義ではないかと思うようになりました。
――今後、バレーボールではさらにテクノロジーの活用は進むと思われますか?
江下:有意義ではあるけれども、だからと言って、審判がチャレンジに頼ってはいけないと思います。テクノロジーばかりに頼ってしまうと、審判の技術は停滞するし、チームからも信頼してもらえなくなる。まずは審判自身がチャレンジに頼らないで正しい判定をする努力が大切だと思います。
――最後に、もうすぐV.LEAGUEのシーズンも始まりますが、試合中に審判のここに注目して欲しいというところはありますか?
江下:試合中の選手と審判の駆け引きもあるのですが、まずは試合の中で審判が目障りにならないようにするので、選手の力いっぱいのプレーを楽しんでいただくことですね。なので、あえて審判には注目していただかなくていいですが、お客さんが素晴らしい試合に集中できた時に、「審判はどんな人だろう?」と見てもらえたら嬉しいですね。時々、試合の帰りに駅などで「今日、審判されていた方ですよね?」と声を掛けていただくこともあるんですよ。やはり見られることによって、私たちの自覚も高まりますからね。
――ありがとうございます。以上で本日のインタビューを終わらせていただきます。今後のご活躍も楽しみにしています。
江下:ありがとうございました。
※この事業は競技強化支援助成金を受けておこなっております。