名選手の背中に学んだ指導者の姿
11月30日、Vプレミアリーグ女子が開幕します。優勝を狙う久光製薬スプリングスで、中田久美監督とともに選手の指導に当たっているのが、安保澄コーチです。安保コーチは2009年に全日本女子の守備担当コーチに就任、眞鍋監督のもと、2010年世界バレーで銅メダル、2012年のロンドン五輪では28年ぶりの銅メダル獲得に貢献され、今年4月に久光製薬スプリングスのコーチに就任されました。新たな場で日々チームの指導に尽力されている安保コーチにお話を伺いました。
地道な積み重ねが大切
Q : 安保コーチがディフェンスコーチを勤めた全日本女子バレーの試合で、iPadを手にコートサイドに立つ眞鍋監督の姿が注目を集めました。すべてがデータで管理されているような印象がありますが、実際の練習ではいかがでしょうか。
久光製薬スプリングス・安保澄コーチ |
まず、アナリストが試合で多くのデータを収集します。また、日々の練習でもビデオで映像を全て撮り、ゲーム形式の練習ではそれらのパフォーマンスデータを収集し、集計を出します。データの収集・分析は積み重ねてこそ意味が出てきます。データ集計上、悪い数字が表された時、何が悪かったのか、数字だけでは読み取れとれていないものが何なのかを検証します。悪い数字が示されるということはやはり技術的あるいは動作的にどこか問題があるんです。それがネックになって選手の成長を妨げるので、よりパフォーマンスを上げるための指導をします。
Q : 練習では、一人一人の選手に寄り添い、じっくり指導なさる安保コーチの姿が印象的でした。
身体の動かし方の指導ですね。悪い動作部分を改善していくことで技術は向上します。選手の動作に癖がある場合、それをなおすのは非常に難しいので、マイナーチェンジするよりも新しい動きを習得してもらうように仕向けることもあります。
データを生かすことについて、しばしば対戦相手の分析のことを連想されがちですが、仮に試合に勝てた場合に、データ分析による効果があったとしても、10%くらいのことかもしれません。むしろ、強化の過程での目標設定の根拠にしたり、練習プログラム作成のためのフィードバックに活用するなど、日々の地道な積み重ねの効果が大きいです。
世界相手に、勝つための準備として、あるいは技術の向上や改善の根拠として、データの活用はとても有用だと思います。どの競技も取り入れた方がいいと思いますよ。より少ない労力で勝てる方がいいわけですから。ただし、指導者はより良くデータを活用するために学ばなければなりません。競技の範囲を越えて、例えば、他国の政治情勢など社会の動きもすべて有用な情報として見ておく必要があります。ですから、データを効果的に活用するには、コーチやアナリストの収集力や分析力にかかってくる部分が非常に大きいです。
猫田さんがあるべき姿を見せてくれた。
Q : 世界一の名セッター 故 猫田勝敏さんと同郷だそうですね。
小学校の大先輩なんですよ。それに猫田さんの娘さんが同じスポーツ少年団にいました。地元(広島市安佐南区)でも猫田さんは大スターでした。現役引退後すぐに専売広島、いまのJTサンダーズで指導されていました。
Q : 猫田さんに指導してもらったことはありますか?
スポーツ少年団の合宿に特別講師として来て下さって、サーブやパスを直接教えて
下さいました。すごい方だと知ってはいましたが、振る舞いが全然違いますよ。合宿の時にこんなことがありました。練習後、普通は私たちがネットやボールを片付けるんですが、先生の話を聞いている間に、猫田さんが片付け始めたんです。先生が飛んで行って「子供たちにやらせますから」と言ったのですが、「僕も一緒に練習したのだから一緒に片付けるよ」と片付けを続けられたのです。その姿を見て「ああ、こうじゃなきゃいけないんだ」と子供心に思いました。まさに鑑です。私の知らない世界をたくさん教えて下さいました。今も、久光の練習や他のスクールの時にも、いつもあの猫田さんの姿を思い出しています。私だけではなく、広島のバレー界に非常に大きな影響を与えて下さった方です。
Q : そして、いま安保さんご自身がコーチになられたわけですが、指導者を志したきっかけを教えていただけますか?
大学生の時、大学の女子チームのコーチを始めました。そして卒業後も普通のサラリーマンをしながら続けていました。同時に、東京都の教員チームで練習させてもらっていたのですが、「完全燃焼していない」「指導のまねごとにもなっていない」という思いがふつふつと沸き上がったんです。自分にバレーを語れるのか、正しく指導できているのか、と。バレーを諦められるぐらい勉強しなおそうと思って、会社を辞めて、筑波大学大学院の体育研究科を社会人枠で受験して進学しました。就職して5年目です。その時の職場の所属長が理解のある方で、背中を押してくれたのはありがたかったです。
数多くの指導者を輩出している筑波大ですから、大いに刺激を受けました。杤堀先生をはじめ多くの先生方にお会いできました。特に、バレーボール部の都澤先生、福原先生、中西先生からはコーチのイロハを学びました。修了する時に、イトーヨーカドーのちの武富士バンブーを都澤先生から紹介していただいたのがこの道にすすんだきっかけです。
Q : 会社を辞めて大学院に進むことにご家族の反対などはありませんでしたか?
貯金と奨学金とアルバイトで暮らすことになりましたし、卒業後に保証がなかったので、母からはバカじゃないの?と言われましたよ(笑)。でも40歳になったときに自分がどうなっているかを考えたのです。将来のビジョンが描けていない、こんな自分では家族を幸せにはできない、今しかないと思ったんです。卒業後のことを考えて、大学の授業も履修して体育の教員資格を取りました。もし仕事がなかったら非常勤講師をいくつやってでも、と思っていました。
トライ&エラーの日々
Q : 今年2月、当機構と愛媛県西条市が主催した「ボールゲームフェスタin西条」では、バレーをやったことのない子供たちをとても熱心に指導していただきました。子供たちも楽しそうでしたね。(http://japantopleague.jp/jtlnews/jtlnews_20130304_01.html)
あの時はすごく緊張しました。バレーボール未経験の子供さんが多かったので、どの程度できるかわかりませんからね。ただ、初めての子供たちに良い印象をもってもらうには、少しでもいいから良いプレイができるようになってもらうことしかありませんから。
普段、チームの練習で、ボールを使っているのは正味3時間です。その中で何を伝えるのか、練習目的と選手への要求を明確にしつつ、効果の高い練習方法や形式を考えていきます。限られた時間で何をできるようになってもらうか、それを試合に活かせるか、普段考えているのと同じことを、ボールゲームフェスタの時も考えていたと思います。
Q : 相手が子供でも選手でも、指導することに変わりはない、スタンスは同じということですね。
その通りです。選手には個人差がありますし、それぞれのレベルに合ったやり方で指導していく必要があります。導き出したい動作を言葉で表現しアドバイスする時には、その言葉と選手のイメージした動作とが合致していなければなりません。効果のないアドバイスを繰りかえすことは、コーチの役割を果たしていないということになります。やっている間に動作が変わっていくか、明日は変わるのか。もし変わっていなければ指導の効果がないわけですからシビアですよ。指導対象が子供さんでも選手でも、現在よりも指導を受けた後に上達しているかどうかが我々コーチの評価のすべてです。効果の高い練習方法や、動作の表現の仕方について、選手はどう感じているのか自分でも試してみながら、選手にとって常に一番よい方法を考えています。トライアンドエラーの日々です。
<後編につづく>